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深田晃司監督「手話を特別視する違和感」 ベネチア出品作『LOVE LIFE』で気付き

第79回ベネチア国際映画祭

『LOVE LIFE』より主人公・妙子(木村文乃)と現在の夫(永山絢斗)と息子(嶋田鉄太)
『LOVE LIFE』より主人公・妙子(木村文乃)と現在の夫(永山絢斗)と息子(嶋田鉄太) -  (C) 2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

 現在、世界レベルで注目を集める日本の映画監督は何人もいるが、間違いなく深田晃司監督はその一人だろう。その深田監督の最新作『LOVE LIFE』(9月9日公開)が、今年の第79回ベネチア国際映画祭コンペティションに選出。なぜここまで彼は国際的に評価されるのか。深田監督に、作品へのアプローチを聞いた。

【写真】ベネチア映画祭レッドカーペットの様子

 『LOVE LIFE』は、愛する息子、そして再婚した夫と平穏な日々を送っていた妙子(木村文乃)を見舞う、突然の悲しい試練を通し、愛や人生の意味を突きつけるドラマ。タイトルの源にもなった矢野顕子の同名曲が、劇中でも使用されている。常に脚本から自作を手がける深田監督にとっても、こうして「曲」からイメージを膨らませることは初めてだったという。

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 「作品ごとに物語がひらめく発端は異なりますが、矢野顕子さんの『LOVE LIFE』を聴いたのが20歳の頃で、そこから触発されたシノプシスを書いた記憶があります。ある夫婦の元に、妻の別れた夫が現れて三角関係になるという骨子と、ラストに矢野さんの『LOVE LIFE』が流れるというイメージは当時すでに固まっていました。つまり本作を撮るモチベーションは、いかに大好きな『LOVE LIFE』を、映画館で最高のかたちで流すことができるか。その一点だったのです。つまりこの歌のために、映画が存在するのです。『どんなに離れていても愛することができる』という歌詞から、人と人の距離をどう描くか、という映像的な関心が広がっていきましたが、むしろ歌詞にストーリー性が薄い分、映画へのイメージが湧き上がりやすかったように思います」

 本作は、基本は誰もが感情移入しやすい家族のストーリーだが、深田監督のどのような「視点」が込められているのか。

 「家族はあくまでサブモチーフでしかなくて、家族の中の“個”がメインモチーフだと思っています。現代の日本社会で家族を写すとき、伝統的な家父長制度に対する作り手の視点が常に問われるはずなので、そこは慎重にアプローチしています。今回の場合、誰の人生にも起こりうる突然の出来事を、人はどう受け止めるのかを描きました。その予測不可能さこそを描きたかったので、冒頭から観る人の意識をいろいろな方向に導こうと、あえて多くの要素を詰め込んだりもしています」

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『LOVE LIFE』より。主人公・妙子の元夫(砂田アトム)は韓国人ろう者の設定 (C) 2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

 この作品でキーポイントとなるのは「手話」。しかも韓国式の手話である。偶然とはいえ、あの『ドライブ・マイ・カー』でも韓国手話が使われていた。

 「妙子と元夫が独自のコミュニケーションをとることで、現在の夫との三角関係がうまく機能するのではないかと考えました。ちょうど2018年に東京国際ろう映画祭のワークショップに招(よ)んでいただき、手話が言語の一つであることを再認識しました。三次元の言語である手話はとても映像的です。映画祭を通じろう者の方々と知り合う中で、なぜこれまで自分の映画にはろう者が一人も登場していないのか、なぜ聴者だけだったのか。むしろそのことの方に不自然さを感じました。さらに本作では“距離”が重要で、妙子と両親が暮らす団地の距離、自宅と職場の距離などを意識して演出し、その積み重ねで、妙子の元夫が韓国に故郷があるという設定に落ち着きました。『ドライブ・マイ・カー』でも韓国手話が使われると知ったときも、だからといってじゃあ設定を変えようとは思いませんでした。ろう者も手話も国籍も特別な『ネタ』ではないので、それぞれの監督なりに向き合えばよいだけのことです。確かに今はまだ、映画にろう者が出てくれば、その意味を問われがちです。でも『この役はなぜ聴者なのですか?』という問いはまずされないのに、ろう者だけがそれを問われるのは、やはりどこかアンフェアですよね。今後、ろう者の役をろう者が演じることが当たり前になり、いずれはそういう質問自体が意味をなさなくなるのが理想だと思っています」

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 こうした多様性、グローバルな視点に、深田監督も意識的なのかもしれない。それも国際的な評価が高い一因なのだろうか。これまでも『淵に立つ』(2016)で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞。メ~テレで放送されたドラマを再編集した『本気のしるし 《劇場版》』(2020)も第73回カンヌの「オフィシャル・セレクション2020」に選出された。『海を駆ける』(2018)はフランス・インドネシアとの合作、『よこがお』(2019)はフランスとの合作だ。

 「映画づくりに関しては、まず『自分が面白いと思えるかどうか』が大切です。何を描くかは、自分にとって普遍的だと思えることを基準にしています。あとは、映画を観る人の想像力と綱引きをする思いで脚本を書いていきます。その際、観客の国籍を意識することはありません。どこの国にも映画を観てくれる人はいますから。相手を意識しないと言いつつも、あらゆる国の観客を意識している、とも言えますね。合作については今回もフランスで編集をしているのですが、シルヴィー(・ラジェ)さんという編集の方は、デザイナーとして作品に主体的に意見をしてくれる方なので、とても新鮮に作品を組み直すことができました」

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深田晃司監督

 こうして矢野顕子の曲にインスピレーションを受けてから、20年もの時間をかけて完成させた本作。ベネチアにも参加し、「『淵に立つ』『本気のしるし』とともに、20代から引きずっていた3大企画を達成した」と充実した表情の深田監督だが、日本映画界の現状改善には取り組んでいきたいと力強く語る。

 「海外の多くの国と違って、映画のチケットの売上は、われわれ作り手には還元されません。撮影に関わる多くの人がフリーランスで、収入は不安定。現場での長時間労働やハラスメント、ジェンダー差別も根深く残っています。例えば夫婦で映画製作に関わっていて子供が生まれたとすると、圧倒的に女性の方が子育てのためキャリアが途絶えがちです。そういった状況を少しでも改善すべく、これからも自分なりにできることをしていければと思います」

 深田監督は、表現に携わる有志15名によって設立された「表現の現場調査団」のメンバーとしても、そうした問題に精力的に取り組んでいる。(取材・文:斉藤博昭)

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