新海誠はなぜ自然の脅威を描くのか?10年間での変化と今
新海誠監督の約3年ぶりの新作となるアニメーション映画『すずめの戸締まり』が11日に劇場公開を迎えた。日本各地の廃墟を舞台に、災いの元となる“扉”を閉めていく少女・すずめと、扉を閉める旅を続ける“閉じ師”の青年・草太の物語。新海監督は「場所を悼む物語」と「異形の者と旅する少女の物語」という2つのテーマを据えてストーリーを展開していったという。劇中には失われていくもの、新たに生まれるもの、さらには現代社会に襲い掛かるコントロール不能な力……さまざまなメッセージが重層的に描かれている。空前のヒットを記録した『君の名は。』から『天気の子』、そして本作へと至る歳月のなか、新海監督のマインドはどのように変化していったのだろうか。
【動画】松村北斗の声で始まる『すずめの戸締まり』最新予告映像
『君の名は。』制作から10年間の変化
2016年に劇場公開され、最終的な興行収入が250.3億円という歴史的な大ヒットを記録した『君の名は。』。そこから3年後の2019年に『天気の子』が公開され、2作続けて興収100億円という偉業を達成した。さらに3年後の今年、『すずめの戸締まり』が封切られた。
新海監督は「『君の名は。』の制作期間を考えると、この3本で約10年の歳月が流れました。いま僕は49歳なので、40代をほぼ費やしたことになりますね」と笑う。準備期間や制作期間などの物理的な時間は、これまでと大きな変化はないと語るが、描きたいと感じるものは少しずつ変わってきているという。
「年齢と共に社会的な立ち位置も変わってきているし、子どもの年齢もあがって家族の形も変わってきました。もちろん、自分の加齢を実感することもあります。3年前の『天気の子』のときはもっと元気だったなとか(笑)。『君の名は。』を制作しているころは、真剣にボーイミーツガール的なものに興味がありました。でも、いまは“赤い糸”のようなものを、本当に実感を持って描くことはできないなと思っています」
そんななか、『すずめの戸締まり』ではファンタジックな部分はありつつ、「廃れていってしまう土地」という現実社会で問題になっているテーマを取り扱っている。新海監督は「僕はもともと“セカイ系”なんて言われていたりして、あまり社会と関わりのないところの男女の気持ちを描くようなタイプの作家だと思われていました。当時の自分だったら『もっとほかにもあるよ』と反論していたかもしれませんが、やっぱり自覚はありました」と語ると「そのなかで、この10年、もっと言えばアニメを作り始めてから20年の経験と、観客の声、そして変化する社会によって、今作のテーマを与えられたような気がするんです」と胸の内を明かす。
自然災害を描き続ける理由
映画のなかで現実を扱うことで、観客がより“自分事”として物語を捉える。『すずめの戸締まり』では、その意識がより強くなっているというが、過去の作品でもそうした手法がとられている。それが自然の脅威の描写だ。『君の名は。』では隕石が、『天気の子』では大雨による水害、そして『すずめの戸締まり』では地震という自然災害が描かれた。
新海監督は「自然災害というのは、誰の身にも降りかかる可能性がある、自分の生活を左右するような大きな出来事。そういったものを描写することで、物語の世界が自分たちと地続きにあるんだと感じられる。映画自体にもある種の強度が加わると思うんです」と語る。
「自然災害だけではなく、さらにはコロナ禍が始まって、『人間にはコントロールできないことがまだまだたくさんあるんだ』と恐れ慄く時期があって。でも逆に、人間が起こす戦争のような、この星のコントロール権は人間にあるんだ、と上書きするような行動もあり……。人為的な災害であれ、自然災害であれ、こうした強大で暴力的な力と無縁な世界を描くというのは、僕のなかではなかなか発想できなくなっているんです」
ヒロインが見たことのないような場所に観客を誘う
『すずめの戸締まり』のヒロインは、九州の静かな町で暮らしていた17歳の高校生のすずめ。あるとき、「扉を探している」という謎の青年・草太と出会ったことで、すずめが日本各地の廃墟を旅する姿が描かれる。新海監督は「僕が描きたかったのは、すずめという若いヒロインが、後ろを振り返ることなく、どんどん前に向かって走っていくことで、僕を含めた観客を、見たことのない場所まで連れていってくれるという感覚。そしてそこで自分にとって一番必要かもしれない言葉に出会うという物語にしたかったんです」と作品に込めたメッセージを語る。
物語のスタートとなる九州から、終着点までダイナミックに日本を横断する。その映像は、新海監督作品らしく壮大かつ、なんとも美しい。「コロナ禍ということもあり、なかなかロケハンに行くことが難しかったのですが、自粛期間を避けたり密にならないようにと配慮をしながら何回かに分けて、九州から順番にロケハンを行いました」
東京の一部は実在する建物などが描かれているが、舞台となる町や廃墟はあくまでフィクションだという。「寂しくなってしまう場所を描くということで、実在の場所を描いてしまうのは良くないという思いから、現実とリンクはさせていないんです」といい、「コロナ禍に被る時期に制作していた作品だったので、自由に行き来できる世界という願望をこめて、より解放感を意識した描き方になっています」と意図を明かした。(取材・文・撮影:磯部正和)