大泉洋、キャリア史上最もつらかったシーン振り返る ポジティブ思考を打ち砕く難役
「前向きに生きていれば決断に間違いがない」というポリシーのもと日々生活をしているという俳優・大泉洋。どんなに厳しい現実があったとしても「それは自分に必要なことなんだと思いたい」と信条を明かすが「そんな僕でも、今回だけは活路が見いだせなかった」と苦笑いを浮かべながら語ったのが、主演映画『月の満ち欠け』(12月2日公開)で演じた小山内堅という役だ。劇中では、陽気なパブリックイメージを封印し、胸が張り裂けそうな悲しみが降りかかる男を真摯に演じ切った。撮影期間、大泉はどんな思いで現場に立っていたのだろうか。胸の内を語った。
【動画】インタビューの様子:大泉洋、いまだかつてない辛い役が出来上がるまで
いまだかつてないほどつらいシーン
映画『ジャンプ』『鳩の撃退法』などの原作で知られる佐藤正午の直木賞受賞作を、『余命1ヶ月の花嫁』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』などの廣木隆一監督が映画化した本作。愛する妻子を亡くした小山内(大泉)と、27年前に許されざる恋をした三角(目黒蓮)、無関係だった2人の人生が同じ名の女性の存在によって交錯していく。大泉が演じる小山内は、愛する妻(柴咲コウ)と娘(菊池日菜子)に囲まれ平凡ながらも幸せな日々を送っていた。しかしある日、不慮の事故で妻子を失い、一瞬にして幸せが壊れてしまう。特に安置所で妻や娘の亡骸と対面するシーンで見せた大泉の涙は、芝居を超えたようなシビアな瞬間だった。
「あのシーンはいくら台本を読んでもイメージできるものではないぐらい残酷なシチュエーションですよね。二人の死体が並べられているわけです。それを確認するために見なければならない。なんて残酷なセットなんだろうと思いました」
しかし、だからこそ小山内の傷をリアルに実感できたとも。大泉は「どこか『本当なのか……?』という半信半疑の思いがあるなか、否が応でも家族を失ったんだということを突きつけられた。そこで僕の中でもこの事実が、現実味を帯びてきたんです」と大きなシーンだったことを明かし、「本当につらくてどうにもならなかった。あんなにもつらいシーンはこれまで経験したことがなかった」と撮影を振り返る。
「常に人を笑わせたい」大泉が哀しい男を演じたわけ
これまで大泉にとってつらいことや大変なこと、失敗は「自分にとって必要なこと」とポジティブに向き合ってきた。そう考えることで、自分の決断にも迷いなく進むことができるというのだ。しかし「もし小山内さんと同じような経験を自分がしたら、果たして今までのような考えでいられるのか……というのはすごく考えました」と自身のポリシーが揺らぐほどの衝撃だったという。小山内という人物を演じ切ってみても「答えは出ませんね」と苦笑いを浮かべる。
以前から「常に人を笑わせていたい」と話していた大泉だが、本作で演じた小山内は、大泉のこうした考えとはかけ離れた役柄のように感じられる。
「やっぱり基本は人を笑わせていたいんです。それもあってバラエティもやっているので。その意味では、映像作品でもコメディーに越したことはないんです。正直疲れますからね(笑)。特に今回演じた小山内は、とてもつらい役だったので、本来ならあまりやりたいとは思わないタイプのキャラクターでした」
それでも出演を決めたのは「面白いと思ってしまったから」と大泉。「この映画は悲しいだけではなく、ファンタジックな側面もあるように、どこか希望が描かれていると思ったんです。やっぱりただつらいだけの作品では僕のモチベーションが続かないので」と、本作の持つメッセージに惹かれるところがあったという。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも魅せた泣きの演技
観ている側も、つらい状況に置かれた小山内が、心にぽっかりと空いた穴を自身で埋めていくのではなく、周囲の人たちの優しさによって自然と埋まっていくさまに温かみを感じる。それは、家族を思う小山内の思いが伝わるからこそ感情移入できるのだろう。前述した安置所でのシーンをはじめ、大泉の泣きの演技は、本作の大きな見どころでもある。
「台本を読んで自分なりに気持ちを作っていくのですが、映画というのは総合芸術と呼ばれるように、衣装を着てメイクをして、現場を作ってもらって湧き出る予期せぬ感情というものがあるじゃないですか。今回のお芝居も、多分にそういうことに助けられました」
大泉の泣きと言えば、現在放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で演じた源頼朝が、木曽義仲(青木崇高)に仕えていた巴御前(秋元才加)の前で号泣したシーン(第25回「天が望んだ男」)も反響を呼んだ。脚本を手掛けた三谷幸喜も「あんなに泣くとは思わなかった」と話していたぐらいの涙だった。
「あれは自分でも意外だったんです。あのときの頼朝は、死に怯えて情緒不安定な人だったんですよ。だから木曽義仲を討ってしまったことを、許してほしくなったというか……もちろんト書きにも『泣く』なんて書いてなかったし、自分でもびっくりしてしまったんです」
どちらにも共通しているのが“泣こう”としたわけではなく“泣いてしまった”演技だったこと。「常に皆さんのお力をお借りしてお芝居ができているんだと思います」と共演者やスタッフへの感謝も忘れない。
イメージの振り幅が大きければ大きいほど面白い
「鎌倉殿の13人」に続く『月の満ち欠け』でも、明るいパブリックイメージの大泉が深い悲しみに覆われた男の演技で魅せる。「僕は振り幅が大きければ大きいほど面白いと思っているんです」といい、自身のパブリックイメージを覆すことに醍醐味も感じているようだ。「役者にとってバラエティに出ることって、あまりいいことはない気がするんです。やっぱりいろいろな役を演じるに当たって、あまり本人の素が見えない方がいいじゃないですか。『鎌倉殿の13人』のあとに『水曜どうでしょう』を見て“全然違う!”と言われたりするのは嬉しいですね。『月の満ち欠け』で小山内の役をやる一方で、おバカなこともやれば、それだけ楽しんでいただけるかもしれませんしね」
「楽しく、明るく、前向きに」という大泉が演じる小山内という悲しみに包まれた男。演じていても小山内の悲しみを昇華する答えは出なかったというが、「最後には……」と大泉なりの解釈で前を向く小山内のラストシーンは多くの心を揺さぶるはずだ。(取材・文:磯部正和)
ヘアメイク:西岡達也(Leinwand)/スタイリスト:九(Yolken)