松村北斗、アフレコはテーマパークに行くような体験 新海誠監督『すずめの戸締まり』
『君の名は。』『天気の子』などの新海誠監督が手掛けた新作アニメーション映画『すずめの戸締まり』で、初めて声優に挑戦した松村北斗。アフレコはテーマパークに行くような「魔法にかけられたような体験」だったことを明かした。(取材・文/浅見祥子)
【動画】松村北斗の声で始まる『すずめの戸締まり』最新予告映像
『すずめの戸締まり』は、日本各地の廃墟を舞台に災いのもととなる「扉」を閉めていく少女・すずめの解放と成長を描く物語。過去と現在と未来をつなぐ「戸締まり」の物語が展開する。松村が声をあてたのは、災いを招く扉を閉める「閉じ師」と呼ばれる宗像草太。九州の静かな町で生活している17歳の岩戸鈴芽とともに、扉を閉めるために旅立つことになる。
アフレコで魔法にかけられたような体験
Q:声優初挑戦ですが、何かに挑戦するときは期待と不安、どちらが大きいですか?
松村:期待から入り、最後は必ず不安だけになるタイプで(笑)。今回もオーディションに参加できること自体が夢のようでとてもワクワクしました。いざ資料をいただいて練習を始め、どんどん不安になって。オーディション実は好きなんです。ダメならそのお芝居は世に出ないだけで、なんの責任もないお芝居が出来ますから。その役をやれないという不安もあって緊張しますけど、その瞬間は趣味に近い感覚です。練習試合みたいで、興奮しながらやります。
Q:実際に役が決まって、どうでしたか?
松村:受かりました! となってからは不安の増殖が始まり、期待が食われていく。どの作品でもそうです。オーディションではなく、お話をいただいたときも、ワクワクして、台本を読んで近づくにつれて不安になり、最後は不安しか残らない。それが僕のルーティンです。
Q:役のことを考えていくと、色々と問題が見えてくると?
松村:子どものころに、ヒーローになりたい! と思ったときのようで。頭の中で理想を描き、これになりたい! と感じても、今の自分の技量ではなれない。この体格じゃ……この声じゃ……って。毎回、挫折を味わってます(笑)。でも、どれだけ挫折しても、ありがたいもので撮影日はやってきます。毎回、どうしようどうしようと思いながら身を投じるだけです。
Q:そもそもご自身に声にはどんな思いが?
松村:なんか性格と合わないなと。本当は、ですよ? もっとひ弱に、ナヨナヨしゃべっていたい性格なんです(笑)。ただ、ちょっと太くて低い、どこか引っ掛かりのある声というのは自覚していて。でもそれを武器と感じたこともなく、むしろ自分が表現したいと思うものの邪魔になると感じることがありました。今回、それが武器になる場所があるというのは嬉しかったです。ただ、それを別の場所で使えといわれても使えそうもなくて。新海監督と音響監督に引っ張っていただけたから出せた。この音(声)を持つのは自分だけど、演奏できない状態に近いというか。だからアフレコはテーマパークに行くようでした。魔法にかけられたような体験で。誤解が生まれると困りますが、この草太という役には、すごく自信があります。
息の扱い方を考えて、アフレコに挑む
Q:草太の友人である芹澤を演じる神木隆之介さんとは『ホリック xxxHOLiC』でも共演されています。『君の名は。』をはじめ、声優としても経験豊富な神木さんからアドバイスを?
松村:オーディションの前に声の仕事をする上での細やかなこと、入口のようなものを聞きました。その後もアドバイスをあおったりして。予想もしなかったのは、息の扱い方を大事にしているということ。例えば「あ!」とか「ううっ」というリアクション系がそうですが、普通にセリフを言うときもどれくらいの息の量、息の圧でしゃべるか、語尾の息の抜き方をこうするとこんなキャラクターに聞こえるかもとか。まずは声やお芝居のことに意識が向きますが、息の扱い方を考えました
Q:息の抜き方、ですか?
松村:一言のセリフにどんな息の配分があり、語尾のあとで抜いた方がいいのか、スパッと止めた方がいいか。それはお芝居について考えていることになるのかもしれませんが、経験を積まないと得られない知識を教えてくれました」
Q:「草太は重心が低いところにあるイメージ」だったと。声だけで表現するから重心について考えたのですか?
松村:普段、それを第一に考えるわけではありませんが、「この人は胸の辺りに重心があるかも」と考えたりするかもしれません。僕、緊張しぃで(笑)。落ち着いているときは、下っ腹に重心がある気がしますよね。「口から心臓が出そう」なんて言いますけど、緊張するとどんどん上がってきちゃう。支障がないときは、逆にちょっと弾んだ方がいいときもある。毎回、試行錯誤していますが、今回は草太の動きも腰が入っていました。口から声が聞こえるというより、どこからともなく声が聞こえてくるような人かなと。だから重心を低くして身体の真ん中くらいに置き、つま先から頭まで響くような声というのが、自分のアプローチでした。それが新海監督の手で少しずつ洗練されていった感じです。
Q:アクションや叫ぶシーンも多かったですね。
松村:草太は何度も「鈴芽さん!」と呼ぶので、似すぎている言い方は後で変えたりしました。でも全部の言い方を変えるのも違うかなと。事前にいただいたVコンテには新海監督の声があてられていて、途中から「鈴芽さん」の声がどこかの言い方とまったく同じだけど、それが知っている人からの呼ばれ方をされたときの喜びと安心感につながっているように感じたんです。
Q:言い方のバリエーションはどう練習したのですか?
松村:生活の中のいろいろな状況で、架空の鈴芽さんを呼んでみたりしました。新海監督の作品は宇宙規模の激しい部分もありますが、日常に転がる温かい場面も魅力的。声量を大きくしたかったのもあって、お風呂の中やキッチン、リビングなど、ちょっと離れたところから呼ぶことが多かったです。隣の部屋をのぞき込みながら、この状況だと草太はどう呼ぶかな? とか。鈴芽と同居しているみたいな時期がありました。
Q:鈴芽の魅力はどこだと?
草太は「閉じ師」という定めに近い役目があって、祝詞を唱えるなどのルールもある。決まりごとが多いのが当たり前だと思っている人です。でも鈴芽は「ノールール」。翻弄されながらも自分の人生に足りないものを持っていることが羨ましくて、どこか自分の人生とは違い過ぎて心配になる、そんな人でした。
Q:草太が椅子になってからは、鈴芽に守られるようですね。
つべこべ言いながら、気持ちでは反発しながらも、結局は身を任せられる。草太が反抗期の子どものようにも見えてしまうだけの強さを、鈴芽は持っているんですよね。
映画を観たあとは「部活の3年生みたいな気持ち」
Q:完成した映画を観た感想は?
松村:アフレコを経験したという特別な状況を差し引いて話すのは難しくて、なかなか冷静には観られなかったです。観ている間は、ずっと(イスの)肘掛をギュッと握って肩に力が入っていました。終わったときに感極まったのですが、それが何に対してなのか、まだ整理できてなくて。ただ、その場にいた全員の目頭が熱くなっているような感じはあって、27歳にもなって何言ってんだ、という感じですけど、部活の3年生みたいな気持ちというか(笑)。僕、部活はやってなかったんですけど。
Q:(笑)。それはどんな気持ちですか?
松村:僕がアフレコに参加したのは1か月半、鈴芽役の原さんはもっと長かったですし、エンドロールを見るとたくさんの役割があって、驚くほどの数の人が参加されています。そうしたスタッフの方々と映画を観ながら、経験した思い出の部分と、経験はしてないけど映画が持つ思い出のようなものに思いを馳せて。いったん「Fin」ってことで句点が打たれて劇場に流れたわけですが、振り返ると「部活」というのか、青春のようなものを感じました。それが僕だけじゃなく、そこに詰めかけたスタッフすべての方々からあふれていたのを強く感じたんです。
Q:多くの人と観たからこその感覚でもあったと?
松村:小さな画面で観てもストーリーは変わらないですが、触れられる映像や音響には差があります。僕は小さい画面で観るのも好きですけど、画面の大小なんて超えていました。どこに行っても勝てる物語の強さがあって細部にこだわりがあり、(上映される環境等の)すべてに打ち勝つ熱量が注がれていました。それを、その場にいた人みんなが「面白かった」「感動した」という言葉にそれぞれ変換するのかもしれませんが、その根源は熱量だったのかなと。
Q:観終えて、最初に発した言葉はなんでしたか?
松村:これまた特殊な体験で。上映後すぐに新海監督からごあいさつがあって。そのなかで「北斗くんと菜乃華さん、ちょっと前に出てきてもらっていいですか?」と。考えがまとまらないまま、何を言ったかも覚えてません(笑)。でも、新海監督なのか、目の前にいるスタッフの方々なのか、共演した原さんなのか、とにかく皆さんのことがすごく好きだなぁという思いがあふれたのは覚えています。