戸田恵梨香、3作目湊かなえ作品で20代から50代まで ビジュアルのヒントは原節子とヘプバーン
2010年公開のヒット映画『告白』など映像化が相次ぐ作家・湊かなえが、母と娘をテーマに書いたヒューマンミステリーの映画化作品『母性』(公開中)。主人公のルミ子を演じたのは、本作が3年半ぶりの映画主演作となる戸田恵梨香だ。湊かなえ原作の映像化作品への出演は、ドラマ「花の鎖」(2013※単発)、「リバース」(2017)に続き、3度目となる。「理解や共感ができないキャラクターを理屈で演じるのは不安も大きく、今までに経験したことのない感覚だった」という彼女が、悩み抜いた役づくりについて振り返った。
戸田演じるルミ子は、無償の愛を与えてくれる母(大地真央)のもとで育ち、その娘であることに何よりも幸福を感じていた女性。一方、そんなルミ子のもとで良き娘であろうと苦しみながら、母の愛をひたむきに求め続ける清佳(永野芽郁)。ある事件を機に、2人の運命は大きく変わっていく。
感情移入できない母親を「理屈」で演じた
普段から、出演する作品や演じる役を「感情移入できるか、できないかの基準では選んでいない」という戸田。しかし、そんな彼女にとっても、ルミ子役は手強いキャラクターだった。「もともとわたし自身は、自立したい! と思う気持ちがすごく強かったこともあって、精神的にずっと母に依存しているルミ子のことが理解できなくて。また物語を通して、彼女自身の感情に一貫性がないので、そこを成立させるのが一番難しかったですね」と語る。
役に同化し、その感情にどっぷりとひたるのではなく、「理屈」を積み重ねながら、地道に役を作り上げていくのが戸田のスタンス。「かねてからマネージャーさんから『演じる役が、なぜそう思ったのかを考えなさい』と言われて。あぁ、なるほど、お芝居って、そういうふうにやるんだなと思っていたので、役について一生懸命考えるクセがついていました。なので、わたしは多分お芝居の仕事を始めた頃から、“頭”で演じるタイプだったんだろうなと思います」と自己分析する。
ルミ子については「それこそ感情では演じていなかったので、現場で『スタート!』の声がかかってから、理屈でお芝居するという感じ。本当にオンとオフの切り替えがはっきりしていましたね」と言い、撮影中はシリアスな役を引きずってしまう、といった俳優特有の悩みとは無縁だった。
劇中、ルミ子は「美しい家を作りたい」という田所(三浦誠己)の言葉を聞いて、彼からのプロポーズを受け入れる。「ルミ子自身が、マンガの世界のような美しいフィクションの中で生きてしまっているような人。ある時まで、その夢物語の中にいる自分を演じ続けたルミ子は、どこかフィクション的な存在であった方がいいなと思った」と同時に、いろいろな真実が明らかになっていく後半では「フィクションには見えないように、生っぽさを大事にしなければいけなかったので、しゃべり方や目つき、動き方など、細かいところも考えながら演じていきました」と話す。
裕福な家庭で育った庇護される娘から、結婚し、子どもを産んだことで、母そして長男の嫁へと立場が大きく変わってしまうルミ子。結婚前のルミ子と母が登場する親子のシーンでは、母を心から慕っているルミ子を体現するために「母を演じた大地真央さんを見て、大地さんのお芝居の質感を自分の中にクセづけるようにしていました」という。
20代から50代までの加齢と変化を表現
母と姉妹のような雰囲気があるルミ子のビジュアルについては、ヘアメイクのスタッフと打ち合わせをしていく中で、戸田が「こういう感じがいいのではないか」と見せたのが、原節子やオードリー・ヘプバーンなどクラシカルなイメージをもつ往年の女優の写真だった。「ルミ子の中には、ヘアメイクも服装も母のように美しく見せなければならない、という強い思いがあると感じたので、より象徴的なものとして外見を作っていきました」
一方、独身時代の20代から、娘の清佳が高校生になった後の50代まで、数十年にわたる歳月の変化を表現することも大きな課題だった。「加齢とともに薄毛になっていくと思うので、後半のルミ子は眉毛を薄くしたり、忙しい農家の生活の中でメイクをする時間も余裕もないだろうから、艶っぽさをなくすようにしたり」といった工夫をヘアメイクに取り入れていった。
年齢と生活環境の変化がもたらす、ルミ子の変貌ぶりは生々しく胸に迫る。「中年期以降のルミ子の、自分のケアも行き届いてない女性のもの悲しさ、母という生きがいをなくしてしまった絶望感をどうやったら体現できるか」をずっと考えていた戸田自身、完成した作品を観た際に「ビジュアル面での視覚効果」の大きさを改めて実感できたという。
湊かなえの作品は、過去と現在が交錯し、章ごとに語り手が入れ替わるものが多いのが特徴。本作の原作「母性」も、ある未解決事件が起きた現在の事象と、母と娘が回想する二つの事象を行き来する。誰の視点かによって、娘・清佳に対するルミ子の雰囲気がガラリと変わることで生まれる、ルミ子の何ともいえない“怖さ”が印象的だ。
「この映画は、これが母の目線、これが娘の目線と、あえてわかりやすく描かない作りになっているんです。なので、わたしも、すべての人にとって真実が何かがわからないという、あやふやな世界を見せたいなと思いました。ルミ子が娘をにらんだり、気持ち悪いって言ったりしても、ルミ子本人には娘に冷たくしているつもりはなくて。彼女からすると、うちの娘はわたしのことを理解してくれない、と被害者意識がある。ですから、これはこうなんだ! と、指し示すような強いお芝居はなるべくしないように気をつけていました」。感情移入は到底難しい難役と真正面から対峙し、丁寧にキャラクターを作り上げていった本作で、戸田恵梨香はその俳優としての力を新たに証明している。(取材・文:石塚圭子)