ドラマ「大奥」は何がスゴいのか
NHKドラマ「大奥」(毎週火曜夜10時~10時45分)がSNSを中心に大きな反響を呼んでいる。原作はよしながふみによるコミック。脚本を大河ドラマ「おんな城主 直虎」などの森下佳子が手がけている。偉丈夫(いじょうふ)だった8代将軍・徳川吉宗を演じる冨永愛をはじめ、キャスティングも見事。今秋にシーズン2が放送されることが発表された折もSNSが歓喜にわいた。
男女の役割が逆転したパラレルワールドの江戸時代を舞台に、女将軍と大奥の男たちのドラマが繰り広げられるという物語。過去に映画、ドラマ合わせて3度映像化されたが、今回のドラマ化では初めて大政奉還のエピソードまで描かれることも明らかになっている。ここでは、「五代将軍綱吉・右衛門佐編」を中心に同作の魅力を振り返ってみた(以下、ドラマの展開について触れています)。
原作の斬新な世界観
原作は足かけ16年にわたって連載された全19巻のSF大河ロマン。3代将軍・徳川家光の時代に謎の疫病が爆発的に流行して若い男子が激減した結果、初の女将軍が誕生。春日局が徳川家を維持するため、女将軍の世継ぎをつくる男だけの大奥を開く。そこから5代将軍・綱吉、8代将軍・吉宗らの治世を経て、幕末の大政奉還にまで至る。
男女を逆転させると言うと突飛なストーリーを想像しがちだが、「大奥」では詳細な史実をひとつひとつ踏まえながら、男女の役割がいかにして逆転していったのか、逆転したらどのようなことが起こるのかを考察している。
幕府の要職だけでなく、社会を維持するあらゆる仕事を女性が担うようになった社会では、男性の役割は生殖のみ。つまり「種馬」である。活躍の場を与えられた女性たちは躍動するが、その一方で「家」や「体制」を維持するために世継ぎを産むことを迫られる女性たちの苦悩は深い。残酷な事件も次々と起こる。そんな中で描かれるのが、女と男の切実な「性」と「生」だ。
綿密に構築された男女逆転の世界は、現実世界にあるジェンダー問題や社会の歪みも映し出す。そこがこの作品の凄みであり、深みでもある。「大奥」は手塚治虫文化賞マンガ大賞をはじめとする漫画賞のほか、日本SF大賞などで受賞。ジェンダーへの理解に貢献したSF・ファンタジー作品に贈られる米「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞」(現・アザーワイズ賞)にも輝いた。日本人作家としても、漫画作品としても初めての受賞だった。
原作からのアレンジも秀逸!綱吉編の魅力
ドラマ「大奥」シーズン1は「八代将軍吉宗×水野祐之進編」に始まり、2回から5回前半まで「三代将軍家光・万里小路有功編」、5回後半から7回まで「五代将軍綱吉・右衛門佐編」ののち、8回から再び吉宗編に戻る。
なかでも「五代将軍綱吉・右衛門佐編」は、わずか3話足らずとは思えないほど濃密なドラマだった。華やかな元禄時代に君臨した5代将軍・綱吉(仲里依紗)は、性に奔放な人物だった。一方、大奥の男たちの政治的な駆け引きの中で、京から呼ばれたのが貧しい公家出身の右衛門佐(山本耕史)。大奥にやってきた右衛門佐は、「種馬」としての役割を拒絶し、自分の才覚だけでのし上がろうとする野心の持ち主だった。
仲里依紗は「当代一の色狂い」と呼ばれた綱吉を、華やかさとねっとりとした色香を醸し出して演じている。一方の山本耕史は、「曲者」と呼ばれる右衛門佐を、一目見てわかる野心家として演じていた。愛する世継ぎ・松姫を失い、少しずつ精神のバランスを崩していく綱吉。綱吉が聡明であることを見抜き、彼女に恋焦がれながら、遠くから見守ることを選んだ右衛門佐。年を重ね、年老いた二人が初めて激情をぶつけ合うシーンに息をのんだ視聴者も多かったはずだ。「生殖」から切り離された後、ようやく二人は人間同士として向き合えたのだろう。
本作では、NHK初のインティマシー・コーディネーター(※肌の露出や性的なシーンにおいて、制作側の意図を十分に理解した上でそれを的確に俳優に伝え、演じる俳優を身体的・精神的に守りサポートする役割)を導入したことも話題を呼んだ。
理性的であり、歴史の無情さと残酷さがある種の緊張感となって画面を覆っている原作と比べると、ドラマは二人の「情」の部分を際立たせているような印象を受ける。物語の枝葉を刈り取って二人の関係にクローズアップした結果だろう。
「わたし、すでに月のものがないのでございます」と告げる綱吉に、それでもまだ世継ぎを求める桂昌院(竜雷太)の理不尽さは、原作よりドラマのほうが際立っている。体制を維持したいという理性を超え、何が何でも女性に子を求め続ける男のグロテスクさが強調されていた。一方、幼い頃から綱吉を思慕する柳沢吉保(倉科カナ)が綱吉の死に際で見せた衝撃的な振る舞いに対し、ドラマでは「佐とお会いになりましたか?」という一言を加えて、深い愛情を感じさせるものとして演出していた。
シーズン2では、10代家治、11代家斉、13代家定、14代家茂、そして幕末・大政奉還の物語が描かれる。(大山くまお)