笑えるのに泣ける…『エブエブ』石のシーンはこうして生まれた
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の監督コンビ“ダニエルズ”ことダニエル・クワンとダニエル・シャイナートがインタビューに応じ、シュールなのに涙も誘う“石のシーン”について語った。
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アメリカで破産寸前のコインランドリーを経営している中国系移民の主人公エヴリン(ミシェル・ヨー)が、ひょんなことからマルチバース(並行世界)に意識を飛ばせるようになったことから目まぐるしく展開する本作。“シールの目玉”が付いた石のシーンはそんなマルチバースのうちの一つで、何十も存在するエヴリンの姿の一つである。
「石のシーンを思い付いた時、僕たちは本当に興奮したよ」と切り出したクワン監督は、「この映画がどれだけクレイジーかを考えると、何も起こらないシーンと向き合うというのは僕たちにとってすごく面白いことだったんだ」と笑って明かす。だが“面白さ”以外にもこのシーンには狙いがあった。
「この映画は本当にカオスだから、観客は休憩が欲しくなるだろうということはわかっていたんだ。一コマごとにエヴリンの顔が切り替わり……といったシークエンスもあるから、あれは、観客に休息を与えることができる“すてきな瞬間”という感じだった。それと同時に、僕たちにとっては、キャラクターたちを静かで落ち着いた“無”というフィーリングの中に置くことを許された瞬間でもあった。『もしかしたら何も問題ないのかも。多分これで大丈夫なんだろう』という考え方の中にね」(クワン監督)
クワン監督は「ただ僕たちが予想していなかったのは、人々がその静けさを経験して、そこから圧倒的なカタルシスを得てくれたこと」と続ける。このシーンは多くの人々の心を動かし、『イニシェリン島の精霊』のコリン・ファレルも「これまでで最もよく書かれ、演じられたシーンの一つだと思う」と絶賛している。クワン監督は、このシーンがこれほどの力を持ったことに今となっては合点がいくといい、「なぜなら人生はとてもカオスで、この映画もとてもカオス。そんな中、暗い映画館で静けさの中でたくさんの見知らぬ人々と一緒に座っている……ということは実際、本当にスピリチュアルで美しいことだから。完全に意図したことではなかったけれど、どれだけの人々が反応してくれたのかという点で、これは映画制作における美しい発見だった」と喜んだ。
シャイナート監督も「僕たちは、とてもおかしいのと同時にとてもエモーショナルにもなり得るシーンがすごく好きなのだと思う。でも石のシーンがそうなるとは思わなかったけどね」と笑う。「だけど、基本的に無音のシーンで、泣く人もいれば大笑いする人もいるというのは、僕たちにとってとても誇らしいこと。そういうのが僕たちのお気に入りだし、僕にとっては人生もそのように感じられるから。とてもおかしいのと同時に、とても感動的だってね」
本作はハチャメチャなSFアクションコメディーでありながら感動的な家族のドラマでもあり、第95回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞(ミシェル・ヨー)、助演男優賞(キー・ホイ・クァン)、助演女優賞(ジェイミー・リー・カーティス、ステファニー・スー)、脚本賞、編集賞、歌曲賞、作曲賞、衣装デザイン賞の最多10部門11ノミネートを果たした。それはダニエルズがマルチバースを軸に移民の物語をうまく機能させ、いかにキャラクター一人一人を際立たせて共感を誘う存在にできたかの証明になっているといえるだろう。
シャイナート監督は「僕たちは脚本家として、ファイトシーンから書き始めることに恥ずかしさを覚えることもあるんだ。僕たちは、キャラクターからは始めない。それは“脚本の書き方”として教えられるやり方とは違っているから(笑)」と謙遜する。「間違って理解しているんじゃないかと怖かった。母と娘の物語なのに『ああ、2人の男が書いたんでしょ?』みたいに思われるものになっていたらどうしようと。だから観客がキャラクターたちに共感してくれるというのは、大きな意味があることなんだ」とほほ笑んだ。
クワン監督は「僕たちはそれぞれのキャラクターにすごく独特な欠点を見つけようとした。僕たち自身にあるやつだ。その壊れたかけらを一つ一つ、キャラクターに与えたんだ(笑)」と脚本執筆の秘密を明かす。「僕たちの映画を観て、『あー君たちはいつでも新しくて奇妙なものを探しているんだな』とみなす人々がいる。それは本当だよ。新しくて奇妙なものだ。だけど、心の中でもそういうものを探している。この関係性において、新しくて奇妙なニュアンスのあるものは、僕たちが今まで観たことがないものはなんだろう? と。だから僕たちは常に、そのキャラクターの心の傷を際立たせる小さなものを探しているんだ。だからこそ、観客は共感できるのだと思う」と分析。
「だって、もしそれが陳腐な使い古された瞬間だったら、観客はその瞬間と繋がれないだろうから。だからこそ、そうした全ての瞬間で、傷ついたもろさをユニークな方法で感じられるものにしたいと思っている。本作でそうできたことは、とても誇りに思っているよ」とクワン監督。「そしてもちろん、素晴らしいキャストたちが限界を押し広げ、観客にそれが本当だと信じさせてくれた」とダニエルズのビジョンを見事に体現したキャスト陣への感謝の言葉も忘れなかった。(編集部・市川遥)
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は公開中