『ベイビーわるきゅーれ』伊澤彩織がスタントマンになるまで 自信が持てたのは『るろ剣』から
映画『キングダム』(2019)、『るろうに剣心 最終章』2部作(2021)、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(2021)などでメインキャストのスタントダブルを務めたスタント・パフォーマー、俳優の伊澤彩織(29)。高石あかりとダブル主演を務めるロングランヒット作の続編『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』が間もなく公開を迎える。「高校生の時の夢が、映画のエンドクレジットに自分の名前を残すことだった」という伊澤がアクションの世界に入った経緯や、スタントマンという職業の醍醐味について語った(※高石あかりの「高」は「はしごだか」が正式表記)。
女子高生の殺し屋コンビが高校卒業を機に社会になじもうと奮闘するバイオレンスアクション『ベイビーわるきゅーれ』(2021)で、殺しの腕は一級ながら人とのコミュニケーションが苦手なまひろを演じた伊澤。『ある用務員』(2021)に続いて組んだ阪元裕吾監督が、伊澤を当て書きしたという本作はインディーズ映画ながら1年以上のロングランヒットを記録し、伊澤が第31回日本映画批評家大賞新人女優賞(小森和子賞)を受賞。これまでスタントダブルなど、裏方の仕事が多かった伊澤の名を一躍知らしめた。
人生を変えたアクション部との出会い
高校時代から映画の仕事に憧れていたという伊澤。撮影、編集、監督など、どういった形で関われるのかを模索していたところ、日本大学芸術学部在学中にアクション部(※キャストにアクションシーンの指導、振付をしたり安全な環境づくりを担うセクション)の存在を知った。
「もともとモノづくりが好きで。カメラを持つのも好きだし、物語を作るのも好きで。撮影やデザインなど、自分が好きで勉強していたものを、アクション部の中で活用できる機会がかなりあって。Vコン(※ビデオコンテ:スタントマンが演じる完成見本映像)で、どのアングルから映せばアクションシーンが効果的に見えるのかを探したり、アクション部のチームパーカーをデザインさせてもらったり。自分がやってきたことを生かしつつ、プレイヤーとしても上達すればするほど任せてもらえることが増えていった感じです」
そうして映画の現場に身を置くことが増え、スタント・パフォーマーとして自信を持てたのは2021年公開の『るろうに剣心 最終章 The Final』『るろうに剣心 最終章 The Beginning』の頃だった。
「それまで他のアルバイトをしながら練習ばかりしていたので、自分から『スタントの仕事をやってます』とは言えていなかった。24歳の時、『るろ剣』のアクション部に初めてレギュラーで関わって、10か月間同じ作品に携わったのが自分にとってはかなり大きかったです。(アクション監督の)谷垣健治さんを筆頭に、先輩たちとスタジオにこもって立ち回りを作って、役者さんと練習して、撮影して……という繰り返しでした。規模も人数もすごい熱量で、毎日朝から晩までアクション漬けでした。終わった後、『ずっとは続けられないと思うし、今はやれるだけやろう』と思いました。終わったらちょっと自信がついて、また新しい作品が始まると自信をなくして、アクションの現場はその繰り返しです」
『ベイビーわるきゅーれ』続編、バトルの裏側
『ベイビーわるきゅーれ』シリーズ第1弾では複数の男性を相手にした肉弾戦やナイフでの決闘、ガンアクションなど、ハイレベルなアクションシーンで観客を圧倒した伊澤。アクションの知識も技も熟知している伊澤だが、同作では「目の前にあることをこなすことに必死だった」と振り返る。
「『ベイビー』はアクションの動きも複雑なので、動く度に自分の限界を感じていました。今回は1のアクションを超えなきゃ、という不安もあったし、撮影前は練習量を信じるしかなかった」と言い、ハイレベルなアクションシーンが作られた背景として、アクション監督・園村健介の存在を強調する。
「園村さんのアクションは、今まで演じたアクションの中でも、一番リズムが細かくて難しいです。これまでは自分をどう見せるのか、外側のことばかり考えていたのが、園村さんに教えていただくようになってから自分の体、股関節や背骨、前鋸筋の使い方とか、内側のコントロールの仕方を意識するようになりました。1の時には習得できなかったことも多く、2では撮影の3か月ぐらい前から練習を見てくださいと、ひたすらミット打ちをさせてもらって。まずは強いパンチを打つ説得力を体に落とし込んで、それから崩したり、見せ方のパターンを考えていく。(劇中で対峙する)丞威(じょうい)君との一対一の対話でもありつつ、自分の体との対話もありつつみたいな状況でした」
『ベイビーわるきゅーれ』の続編では、前作から1年後、さまざまなアルバイトを経験したもののつくづく社会で働くことに向いていないことを痛感したまひろは殺し屋業に専念。変わらず相棒のちさと(高石あかり)と共に暮らすなか、殺し屋協会アルバイトのゆうり(丞威)とまこと(濱田龍臣)の兄弟と対峙することとなる。とりわけ香港アクション『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』(2020)や『るろうに剣心 最終章 The Final』などのダンサー、俳優の丞威演じるゆうりとの対決シーンが見ものだ。
「あのバトルに関しては、阪元監督に台本をいただいた時からすごいなって思ったのが、ト書きの量。まひろとゆうりの心理状態が細かく描かれているんです。こんなト書き見たことがなくて、園村さんもびっくりしていました。“自分の拳、体、足は目の前の敵を倒すためにある!”みたいな、ジャンプの漫画に出てきそうな描写で、脚本を読んでいるときから体が燃えてきました。あのト書きから、園村さんも感情が乗るアクションを作ってくださったので、撮影でも心身ともにぶつかることができたんだと思います」
ところで、伊澤は木村拓哉主演の映画『レジェンド&バタフライ』でもアクション部として参加。男装姿で乱戦シーンに参加した。「後方で戦っているので見つけづらいかも……」と切り出しつつ、「作品ごとに自分のポジションが変わるのもアクション部の面白いところ」と伊澤。
「時代劇も、アクション監督、アクションコーディネーターによって戦い方や体の使い方が変わります。アクションの現場で“またこれか”って思うことって一度もなくて。参加日数、立ち回りの相手、衣装の動きやすさや足場の感覚など、その都度状況が違うので、いつもどこか“初めてだ”と感じます。身体能力がずば抜けている人、めちゃくちゃお酒を飲む人、面白いアクションシーンを作ろうと新しいアイデアを追っている人とか、いろいろな戦闘民族が集まっているのがアクション部。うまい人たちと一緒にいることで上達できる喜びもあります」と目を輝かせてアクション部の醍醐味を語る。
人間の腸だって作れます
そんな伊澤がアクション部において特に好きな仕事が「武器づくり」。伊澤はアクセサリーも制作しており、Webショップ「対対世界」でピアスやマスクチェーンを販売しては即完売する人気を見せているが、手先の器用さやセンスはその武器づくりでも生かされている。
「Vコンとアクション練習に使う武器や小道具を作る時間が特に好きです。実際の撮影では美術部やCG部など他部署にお願いするのですが、アクション部内で使う用として、体に当たっても安全なものを即席で作ることがあります。塩ビパイプで弓や斧を作ったり、この間は『人間の腸を作って』と言われてダンボールで作りました(笑)。糸をレールのように張って弓を飛ばしたり、ちぎったダンボールを飛ばして爆破したように見せたり、Vコンはアナログな表現が面白いので、機会があれば注目して見てもらえると嬉しいです」
今後は、キアヌ・リーヴス主演のアクションシリーズ第4弾『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(9月公開)が待機中。同作ではスタント・パフォーマーとして参加しており、海外でのさらなる飛躍にも期待が高まる。(編集部・石井百合子)
ヘアメイク:西田美香(atelier ism(R))/スタイリスト:入山浩章
映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』は3月24日より全国公開