「どうする家康」夏目広次役・甲本雅裕、涙の18回で人生初の救急車
松本潤主演の大河ドラマ「どうする家康」(毎週日曜、NHK総合夜8時~ほか)で、徳川の家臣団の一人である夏目広次を演じる甲本雅裕。武田軍と徳川・織田連合軍の「三方ヶ原の戦い」を描いた第18回「真・三方ヶ原合戦」では、これまで「家康に名前を覚えてもらえない家臣」として描かれてきた広次をメインにしたエピソードが描かれた。第18回の台本を読んだ際に「号泣した」という甲本が、広次の家康への思いや主演・松本との共演、そして第18回での忘れがたい出来事を振り返った(※ネタバレあり。第18回の詳細に触れています)。
戦国乱世に終止符を打ち、江戸幕府初代征夷大将軍となった徳川家康(松本潤)の軌跡を、『コンフィデンスマンJP』シリーズなどの人気脚本家・古沢良太が等身大に描く本作。甲本演じる広次は、初回で家康(次郎三郎)が父の法要のために三河・岡崎に帰郷した際に久々の再会を果たした。しかし、家康は広次の名を覚えておらず、その後、家康に仕えるようになってからもなぜか名前を言い間違え続けた。
甲本にとって大河ドラマへの出演は三谷幸喜脚本の「新選組!」以来、19年ぶり。演じる広次は、公式サイトのキャラクター紹介では「事務方のトップ」として紹介されている。甲本は、「どこか静かな男というか。家臣団の中でも影の薄い存在ではあるのですが、それと相反する体内にある熱さみたいなものを持っていなければならない。“見えているものと見えていないもの”とのバランスみたいなものを僕なりに考えたつもりではあります」と話す。
広次が家康から離反!究極の葛藤を体現した第8回
第18回では、その「見えていないもの」として、2度にわたって家康を救えなかった広次の悔恨が明らかに。本エピソードは、広次の家康に対する“贖罪”の物語とも言える。第2回「兎と狼」の回想シーンは、広次が吉信と名乗っていた時代。家康の父・松平広忠が織田に降伏せざるを得ない状況になった際、信頼する味方である戸田宗光のもとに幼い家康を避難させようとしたが、そこで家康を送り届ける役目を任されていたのが吉信だった。しかし、宗光の裏切りにより家康は織田のもとに人質として送られてしまい、名を広次と変え徳川に尽くすことを誓った。そして第8回「三河一揆でどうする!」では本證寺から年貢を取り立てようとする家康に対し、空誓(市川右團次)率いる一向宗徒が三河各地で一揆を起こし、泥沼の内戦状態に陥った際に広次は離反してしまった。
第8回での広次の言動について、甲本は「僕としては、広次は家康を裏切るつもりではなかった」と解釈する。「吉良義昭(矢島健一)から味方につくように誘われても拒否しましたし。ただ、広次の身内が一向側に多くいたので、選べなくなった。決して殿への忠誠心を失ったわけではなく、複雑な思いのまま一向側についたのではないか。もちろん、それは言い訳でしかなくて、捕らえられたときには自害するしかないと覚悟を決めていたけど、家康は許してしまう。その瞬間からは“何があっても殿をお守りする”という決意が固まった。僕の中には言うに言われないものがありました。どっちなんだよって言われるかもしれない。でも、人間ってそういうものだとも思う。広次が生きていく上で迷った最たるシーンだったと思います」
第8回が甲本にとって重要な回になったのは、第18回での展開を受けての芝居だったこともあるという。甲本と松本には第8回の撮影前に第18回の台本がわたっていたといい、「第8回の撮影前に潤君と会ったときに第18回の台本について“読んだ?”“どうだった?”“ヤベぇな”みたいな会話になって」とそのときの衝撃を回顧。松本とは「第18回の展開を知ったうえで、それまで描かれる家康の“名前間違い”や広次との関係をどう見せるのか。“あまり感じさせてもいけないし、でも殿と広次の間には何かあるっていうことを自覚して撮影に臨もうね”と」と話し合った。
~以下ネタバレを含みます~
台本に号泣!家康の“名前忘れ”の伏線が回収される第18回
第18回では、広次が家康への忠誠を貫き、家康の身代わりとなって命を投げ出す展開となった。そこで家康は、幼いころにかわいがってくれた吉信(広次)との記憶がよみがえることとなる。台本を読んだときの印象を「まず泣きました。その後にちょっと冷静になったときに、演じる上でプレッシャーが半端ないなと……」と振り返る甲本。
「第18回がとてつもなく強烈だったもので、基本的に常に心持ちとしては台本を超えるという思いで臨まないといけないと思っていますが、最初に自分が泣きすぎてしまって、そこに行きつくのかなと不安になったぐらいでした。広次は最終的に殿のために討ち死にするわけですが、命を放り出すことに何の疑問も抱かなくなっているぐらいに迷いがない。芯が通った男です。僕自身はとてつもなく優柔不断な人間なので、人って最後の最後までそういうふうに貫けるのかなって思うんですね。きっと死ぬまで迷い続けるのではないかと。だけどこの時代に生きた武士たちは、常にどういう死に方をするのかということが頭にあった気がします。そういう意味では、殿の身代わりになることは広次にとって最高の死に方だったのではないか。一方で、もしかしたら自己満足なのかもしれないし、僕としては理解しようとしてもできない人物として演じました」
なお、第18回では甲本にとって「人生初」の経験もあった。「広次が果てるシーンでは、撮影の直後に救急車で運ばれてしまったという。気持ちが入ったシーンだったものですから、ある立ち回りの中で、不注意で指を軽くケガしてしまって。その後、貧血でふらっとなり……。監督には“もう全てOKですから、撮影のことは気にしないでほしい”と言われたんですけど、救急車の中では撮影が気になって、いてもたってもいられなかったです」
松本潤は「ごく自然に“殿”と呼べる存在」
広次が命懸けで守り抜いた殿・家康を演じる松本は、甲本にとってごく自然にそうしたいと感じさせてくれた存在だとも。松本とは生徒と教師役で共演したドラマ「ごくせん」(2002)などでたびたび撮影を共にしている。「潤君が演じる家康には、救いたくなる感じがあるんです。どこか母性をくすぐる部分があって。それに、潤君とはもう何度も共演しているのですが、味方の立場を演じるのが初めてだったんですよね。だから自分の中でもテンションがすごく上がって、潤君の味方になりたいっていう思いが強かったので、素直に殿と呼べました」
「三方ヶ原の戦い」では、徳川・織田軍が武田軍に敗北することになるが、甲本は家康にとって大きな転機となる戦いだと指摘する。「広次の死もあって、家康の家臣に対する思いが変わっていったのではないかと。この戦い以降、周りとの共存みたいなものを重視していくようになり、その結果、無敵の存在になったのではないか。“みんながいるから俺がいるんだ”と。きっと、弱い人間だからこそ見えたものがあったんじゃないのかなって」
「今回、広次を演じる上でどこか彼に引っ張られていたような、成長させてもらえたような気がします」と役への思い入れを噛みしめる甲本。その広次の勇姿を描いた第18回は、「コンフィデンスマンJP」シリーズをはじめ“伏線回収”のストーリーテリングに定評のある古沢の真骨頂とも呼べるエピソードとなり、今後、名エピソードとして語り継がれることだろう。(編集部・石井百合子)