『怪物』は小学5年生の設定が肝 新星・黒川想矢&柊木陽太、演出の裏側
先ごろ第76回カンヌ国際映画祭で坂元裕二が脚本賞を受賞し、LGBTやクィアを扱った映画に与えられる「クィア・パルム賞」を日本映画で初めて受賞した『怪物』(公開中)。『誰も知らない』(2004)、『奇跡』(2011)、『万引き家族』(2018)などで名子役を見いだしてきた是枝裕和監督が、映画『花束みたいな恋をした』やドラマ「それでも、生きてゆく」などの坂元裕二による脚本を得た本作で、物語の軸となる二人の子供を演じた黒川想矢と柊木陽太の演出の裏側を語った(※一部ネタバレあり)。
物語の舞台は、大きな湖のある郊外の町。小学5年生の湊(黒川)が担任教師である保利(永山瑛太)から暴力を受けたという事件が、複数の視点で描かれる。
~以下、ネタバレを含みます~
かねてからリスペクトし、親交のあった坂元が紡いだ今回の脚本を映像化するにあたって「そんなに簡単ではないぞ」と覚悟を持って撮影に臨んだ是枝監督。演出面では専門家の意見も仰ぎながら慎重に進めたという。
「プロデューサーと相談しながら保健体育の先生を招いて性教育を含めて小学校高学年の子供達がどういう風に自分の体や心の変化、揺らぎを捉えていくのか、というお話を伺ったり、LGBTQの子供達の支援をしている団体の方に台本を読んでいただいて気になるところを指摘していただいたり。子供たちが演じる上で、彼らにどういう風な感情と行動を伝達するべきか。性自認について子供達と一緒に学んでいくことが1歩目でした」
物語の核を担う湊、依里(柊木)は小学5年生という設定だが、是枝監督はこの年齢をどのように捉えていたのか。「もう30年前になるんですけど、僕が一番最初に撮ったのが小学生のドキュメンタリー(『もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~』(1991・フジテレビ系)で、3年生から6年生までの子供たちにカメラを向けたんです。その時に感じたのは、5年生から6年生にかけての年齢って、かなり個体差が大きいということ。声変わりする男の子がいる一方で、まだ乳歯が抜けない子もいたりする。凄く成長に差が出るんですよ。だから僕も小学5年生というのは、絶妙な年齢設定だなと思いました」
本作は複数の視点で描かれる作品であり、また登場人物たちの感情の機微がセリフではないかたちであらわれることもある。これまでの作品では、子役を演出する際には事前に台本を渡さず、口伝えでセリフを言ってもらうスタイルが多かった是枝監督だが、本作ではガラリと方法を変えている。
「今回は黒川君と柊木君に、湊と依里に起きることも含めて理解して演じてもらうスタンスだったので、事前に台本を渡しました。そのうえで、できるだけコミュニケーションを取りながら分からないところはサジェスチョンをしていく。普段は本読みには子どもたちは参加しませんが今回は参加してもらって、リハーサルをやって、専門家の先生たちの話も聞きながら、湊と依里を作っていきました。そこでも個人差があって、柊木君はほとんど聞いてこないのですが、黒川君は “役づくりってどうやってやるんですか”といった質問を割とストレートにする子だったので、聞かれれば必ず僕なりに答えました。僕が彼に言っていたのは“気持ちは顔に出るわけじゃない。顔ではなく体を使ってほしい”ということですね。あとは、彼からよく手紙をもらっていたのでそれに返事を書いたりしていました。そういうことが重要なんです。子供はコミュニケーションが一番大事だと思います」
撮影現場では子供たちとどのような距離感でいたのか。「作品によってケースバイケースですが、今回は黒川君に関しては質問されれば答えましたが、現場ではあまりべったりにならないようにしていました。僕より(安藤)サクラさん、(永山)瑛太さんがお芝居の相談に乗ってくださっていて、今回はそれがベストだなと思いました。柊木君の方は割とドライで、悩んでいるとか、困っているとかいう話はしない子。その代わりずっとおしゃべりをしている(笑)。僕と黒川君、周りのスタッフともずっとおしゃべりをしていたのでそのまま自由でいてもらいました」
ところで湊と依里はかなり対照的なキャラクターとして描かれているが、是枝監督はどのように捉えたのか。二人の差を象徴する場面として、顔に大きなほくろのある女の子がクラスメイトにからかわれたときの湊と依里の反応を挙げる。
「依里がクラスメイトから“黒田さんの黒豆って言ってよ”って言われたとき“思ってないから言えないよ”と言いますが、依里はあそこで非常に強い意志を示している。すごいことですよね。ああいう同調圧力の強い状況下でキッパリ言い切れるっていうのは。でも、湊にはその強さがない。あの時、湊は自分にないものを依里に見たかのような顔をしていて、近藤(龍人)さんのカメラが素晴らしいこともありますが、あの瞬間に二人の役はできたなと確信しました」
驚くことに、黒川、柊木共に本作がスクリーンデビュー作。「準備の段階ではかなり丁寧にアプローチしたつもりなんだけど、撮影に入ってからは“こういう表情をしてほしい”といった指示はしなかった」とも言い、二度と撮れないであろう奇跡的な瞬間の数々が刻まれている。(編集部・石井百合子)