アリエル役の豊原江理佳とは?実写版『リトル・マーメイド』吹き替え声優に抜てき
ディズニー実写映画『リトル・マーメイド』(公開中)のプレミアム吹替版で、世界中から愛される主人公・アリエル役に抜てきされた女優の豊原江理佳。情感豊な表現力と圧倒的な歌唱力を要求されるディズニーヒロインの高いハードルを見事にクリアした豊原とは、いったいどんな人物なのか? 舞台「アニー」の主人公役でデビュー後、主にミュージカルの舞台でキャリアを積んできた豊原が、本作への熱い思いと共に、アリエル役にたどり着くまでの軌跡を語った。
本作は『シカゴ』『メリー・ポピンズ リターンズ』などのロブ・マーシャル監督がディズニーアニメーションの名作を実写映画化したミュージカルファンタジー。人間の世界に憧れる海の王女・アリエル(ハリー・ベイリー)は、人間の王子・エリック(ジョナ・ハウアー=キング)と運命的に出会ったことから、海の魔女・アースラ(メリッサ・マッカーシー)と恐るべき取り引きを交わす。それは、3日間だけ人間の姿になれる代わりに、世界で最も美しい声をアースラに差し出すことだった。
うまく歌うことより、心を込めて歌うこと
アリエル役に決定したことをサプライズ発表で知り、涙を浮かべながら喜びをあらわにした豊原。「小さいときからアニメーション版の『リトル・マーメイド』が大好きだったので、アリエルにずっと憧れを抱いてきたんですが、ハリーさんの歌声を聴いた瞬間、すごくシンパシーを感じて『吹替版があるなら、この役を絶対にやりたい!』という気持ちがよりいっそう強くなりました。オーディションも覚悟を持って臨んだのですが、いざ合格してみると、実感が湧かないというか、なんだか夢の中にいるようで……事の大きさからか、ずっとフワフワした気分でした」と当時を振り返る。
念願のアリエル役、喜びが大きい分、プレッシャーも相当なものがあったはずだが、豊原自身は迷いなく役に入り込めたという。「アリエルの純粋さ、10代の等身大の女の子の気持ちを大切にしました。うまく歌うことよりも、心を込めて歌うこと。アリエルの心情に寄り添いながら、“お芝居”として歌うことをすごく意識しましたね。出来栄えに関しては自分ではわかりませんが、収録が終わったとき、わたしだけでなくスタッフさんもみんな泣いていて。チーム一丸となって『いい作品を作ろう』という思いでやってきたので、達成感はすごくありました」
ミュージカルに目覚めたのは9歳
ドミニカ共和国生まれ、日本(大阪府)育ちの27歳。父親が音楽に関わる仕事をしていたことから、歌うことが大好きだったという豊原は「ディズニーアニメーションと共に成長した」と言っても過言ではないほど、ほぼ全作を映画館やテレビで鑑賞し、そのテーマ曲を幾度となく口にしたという。「ドミニカの母国語はスペイン語なので、日本語とスペイン語の両方でいろんな作品を観ました。『リトル・マーメイド』はもちろん、『ライオン・キング』や『美女と野獣』『ヘラクレス』、それから『ノートルダムの鐘』なんかも好きでしたね。みんなミュージカルにもなるので、舞台もよく観に行きました」
そんな豊原が“観る側”から“演じる側”に興味を持つようになったのは、9歳のときだった。「夏休みに市民ミュージカルに参加したのがきっかけです。地元の子供たちが集まって舞台に立つための練習をするのですが、それがもう楽しくて楽しくて。すっかりミュージカルにのめり込んでしまいました。そのあと両親に頼んでミュージカルの養成スクールに入れてもらいましたが、それが初舞台『アニー』の主役につながり、今のわたしにもつながっている感じですね」。まさに運命の出会い、水を得た人魚のように豊原の人生が動きだす。
アリエルの気持ちが重なるニューヨーク留学
歌って踊ることが「楽しい」だけではなく、エンターテインメントの力で「人々を元気にしたい」と徐々に意識が変わってきた豊原は、19歳のとき、本格的にミュージカルを学ぶために、3か月のニューヨーク単身留学を決行。そのときの心境がアリエルと重なるという豊原は、当時をこう振り返る。「とにかく好奇心だけで、『行きたい!』という気持ちが盛り上がってしまって。リスクを恐れず行ってしまったところは、アリエルがずっと憧れていた人間の世界へ行くときの気持ちと似ているなと思いました。ただ、わたしは父親からあんなに反対されたら、自分を押し通すことはできないかも」と心の内を明かす。
豊原にとって“家族の絆”は何よりも大切な心の支え。「あのとき、両親にめちゃくちゃ反対されていたら、どうしていたかな?」と豊原は思いをめぐらせる。「親とケンカすることは、わたしにとってはとてもつらいこと。やっぱり悲しむ顔は見たくないし、期待に応えたいから。アリエルみたいにはできなかったと思います。でも、うちの両親は『好きなことをさせてあげたい』という考えを持っていたので、わたしを信じて背中を押してくれたんだと思います」と述懐。
そして留学後、豊原は両親の思いに見事に応える。「ピーター&ザ・スターキャッチャー」や「The Fantasticks」「ザ・ビューティフル・ゲーム」など話題作に次々と出演し、ついにはアリエル役をオーディションでつかみとり、一気にミュージカル女優の道を駆け上がる。
自分で自分の限界をつくらないこと
ディズニーアニメーションの主役を射止めるまでに成長した豊原。これまで現場ごとにさまざまな経験を積んできたと思うが、“女優”としての自分を支えるうえで大切にしていることは何なのか。
「22歳のときに出演させていただいたある舞台で、演出家の方から『あなたの仕事は、舞台の上で人を感動させること。それ以外のことで悩まないでほしい』と言われました。最初は『え?』と思いましたが、確かに『自分はどう見られているのかな』とか、『変じゃないかな』とか、『もう少し痩せたほうがいいかな』とか、歌やお芝居以外の部分にすごく気持ちを割いている自分がいたんですね。そうなると舞台に立ったとき、余計に委縮してしまうし、人の目が気になって役に没頭できてないことがわかったんです」
それに気づいてからは、精神的にとても楽になったという。「お芝居ができて、歌が歌えたら、わたしはそれでいいんだ、それ以外のことは気にしないようにしようと思ったら、舞台に立つプレッシャーから解放され、どんどん楽しくなってきて、自らいろんなことにチャレンジする気持ちが湧いてきたんです。今では舞台が始まると、その演出家さんの言葉が自然と降りてきて(笑)、わたしをサポートしてくれるんです」とニッコリ。
今回、吹替の芝居を経験し、「視野が広がった」という豊原。これまでミュージカルを中心に活動してきたが、自分で自分の可能性に限界を作らず、「映画やテレビなど映像のお仕事も、今まで経験したことのない難しい役も、お声掛けいただければどんどんトライしてみたい」という意欲がますます高まったのだとか。アリエル役でまた一つステップアップした女優・豊原江理佳。これからの活躍を大いに期待したい。(取材・文:坂田正樹)