「下剋上球児」なぜハマる?気になる今後の展開は……
鈴木亮平主演のTBS日曜劇場「下剋上球児」(毎週日曜よる9:00~9:54)が盛り上がっている。SNSには「泣ける」「グッときた」という視聴者の声が相次ぐ。原案は高校野球では無名の公立高校が甲子園に出場するまでを描いた同名のノンフィクション(菊地高弘・著)。弱小校が全国大会を目指して勝ち上がっていく物語は、「スクール☆ウォーズ 泣き虫先生の7年戦争」や「ROOKIES ルーキーズ」など枚挙に暇がないが、「下剋上球児」ならではの魅力を探ってみたい(※一部ネタバレを含みます)。(文:大山くまお)
野球シーンが面白い
「下剋上球児」は野球のシーンが面白い。ステージを描くドラマは出演者の歌唱力や演技力がなければ説得力が出ないのと同じで、野球を描くドラマは充実した野球のシーンが必要になる。本作は野球のシーンにとにかく説得力がある。
越山高校の野球部員を演じる若手俳優たちは、約半年にわたって行われたオーディションで選ばれている。審査には「演技審査」のほかに「野球審査」があり、選考にあたっては硬球を使って野球ができることが重視されたという。
本作での野球シーンは非常にリアルで、カットなどでごまかさず、投手はちゃんとストライクを投げているし、打者はちゃんとヒットを打っている。第1話や第4話などは本当に野球の試合を見ている気分になる。野球好き、とりわけ高校野球ファンなら思わずのめり込むはずだ。アニメを取り入れた映像表現も効果を発揮している。今後、甲子園に近づいていくにつれ、野球シーンはさらに盛り上がっていくに違いない。
実力派の出演者たち
グラウンドで活躍するのは球児たちだが、彼らを支えるキャストは実力派が固めている。主人公の野球部監督……ではなくて偽教師・南雲を演じるのは鈴木亮平。「野球バカ」のあだ名を持つ野球部部長・山住は黒木華が演じる。揺るがないダブルエースだ。
ちょっと危うさを秘める南雲の妻・美香は井川遥、テンションが高くて独善的な大地主・犬塚は小日向文世が演じる。強豪校の監督を演じる松平健はサンバ感のまったくない重厚な役作り。ヤングケアラー役の山下美月は画面に華を添えている。野球部監督役の生瀬勝久は安定感のあるベテラン中継ぎのような存在だ。
実力派といえば、南雲の長男・青空を演じる番家天嵩にも注目したい。日曜劇場「テセウスの船」でも鈴木演じる佐野文吾の息子を演じていた。朝ドラにも大河ドラマにも出演経験のある10歳の実力派俳優だ。今後も泣かせる芝居の見せ場があるのではないかと期待してしまう。
ミステリー要素の意味
落ちこぼれの生徒たちを熱血教師が教え導いて甲子園を目指すというパターンの物語は数多い。本作もそのような作品だと思った視聴者は少なくないと思うが、物語は序盤で大きくコースを外れていった。それが主人公・南雲の過去をめぐるミステリー要素である。
教員免許を持たずに教壇に立っていた南雲は、第4話のラストで警察に出頭している。もちろん原案のノンフィクションにこのような場面はない。南雲はいずれ野球部を率いて甲子園に出場することになっているのだが、球児たちの奮闘だけを見たいと思っている視聴者にとってノイズになりかねない展開である。なぜこのような要素が入ったのだろうか。
簡単に言うなら、このドラマは球児たちの「下剋上」であると同時に、南雲という人生で大きな過ちを犯した男の「下剋上」でもあるということだろう。
越山高校の野球部員たちは、自己肯定感が低く、何をやっても無駄という無力感がつきまとっている。熱血教師が球児たちを引っ張っていくのではなく、人生に失敗した男が球児たちと一体になって並走していく。そして球児たちは自信を、南雲は信頼を取り戻していく。そんな展開になるのではないだろうか。
なぜグッとくるのか
「下剋上球児」は名前に似合わず、優しい物語だ。ひと昔前のこのような物語なら、だいたい球児たちはいがみ合っていたり、ケンカを繰り返したりするものだが、本作の球児たちはいつもお互いを思いやり、かばい合っている。
南雲、山住をはじめとする大人たちもそうだ。結果を残せず、ミスばかりしている球児たちを頭ごなしに否定したりしない。どうすればいいのか、一人一人に合った解決策を模索し、提案し、一緒に汗を流して解決していく。こういう優しい物語だから、グッとくるのではないだろうか。
越山高校野球部は甲子園出場を果たして「下剋上」を達成する。だけど、大切なのは甲子園出場という名誉ではなく、そのときに彼らが得ることができた形のない何かだろう。それが何なのか、一緒に見守っていきたい。