【ネタバレ】X JAPAN「紅」の不思議な力 映画『カラオケ行こ!』山下監督が分析
和山やまの累計発行部数60万部を突破する漫画に基づく映画『カラオケ行こ!』が公開中だ。綾野剛演じる、とある事情から歌がうまくなりたいヤクザの狂児と、嫌々ながら彼の指導に当たる合唱部部長の中学生・岡聡実の奇妙な交流、というのが主な筋書きだが、実写化にあたって原作から大きくアレンジされたのが狂児の十八番である X JAPAN の名曲「紅」をクローズアップしているところ。本作のメガホンをとった山下敦弘監督が、撮影を通じて改めて気づいた同楽曲の魅力を語った(※ネタバレあり。映画の詳細に触れています)。
本作は、実写ドラマ化もされた「夢中さ、きみに。」や、「女の園の星」などで人気を博す和山の、マンガ大賞2021の3位をはじめ数々の漫画賞にランクインした同名漫画が原作。ヤクザの狂児に綾野がふんし、岡聡実役を、オーディションで抜擢された16歳の新人・齋藤潤が担った。
~以下、映画のネタバレを含みます~
物語は中学校生活最後の大会を前に変声期に差し掛かり悩んでいた聡実が、突然「カラオケ行こ」と見知らぬ男に声をかけられるところから幕を開ける。人気原作の実写化というプレッシャーもある一方で、山下監督がキャスティングが決まる前から不安視していたのがクライマックス。
「ヤクザと中学生という本来、決して交わることはないであろう“ありえない”組み合わせを違和感なく成立させるという前提の部分はもちろん、最もハードルが高かったのが、聡実が狂児への“鎮魂歌”として『紅』を熱唱するシーン。そこがクライマックスになるのは揺るぎないことではあるのですが、実際に中学生がカラオケで1人で歌うだけで山場として成立するんだろうかと。それに、そもそも『紅』っていう曲自体が難しいんですよね。綺麗に歌えばいいわけではない不思議な曲で。ある時、女優の高畑充希さんがアカペラで『紅』を歌唱するCMの映像を観て感動したんです。アカペラだからいいのか、それとも高畑充希さんだからいいのかと、僕なりにいろいろ考えましたが、最終的には“気持ち”だと。ある種の叫びというか、絞り出すみたいなイメージでやってみようと」
原作でも狂児の十八番が「紅」という設定だが、映画では、例えば自分の音域に合わせて聡実が作ってくれた曲のラインナップを狂児が歌唱するシーンで、一曲歌うごとに「紅」を差し込むなど、より「紅」をフィーチャーしている。こうしたアレンジを加えたのが脚本の野木亜紀子。ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016)や「アンナチュラル」(2018)などを手掛け、山下監督とは「コタキ兄弟と四苦八苦」(2020)以来のタッグとなる。山下監督が特に感銘を受けたのが、聡実が狂児のために「紅」の英詞部分を和訳するシーンだという。
「野木さんご本人も“我ながらすごいよね”っておっしゃっていたけど、歌詞を和訳、しかも関西弁でっていうところはさすがだなと。あの展開が結構映画の肝になっているし。なおかつ“大事な人が消え去って、心が紅に染まる”という歌詞と聡実がなぜかシンクロしていくっていう」
山下監督の出世作となった青春映画『リンダ リンダ リンダ』(2005)では女子高生のバンドが THE BLUE HEARTS の「リンダ リンダ」を歌う設定だったが、「THE BLUE HEARTS も映画を作ってみて初めて良さがわかった」と当時を述懐しながら、「紅」という曲が持つ力に思いを巡らせる。
「今回あらためて向き合ってみて、いまだによくわかっていないんだけど、おそらくXファンの方々の気持ちとは違うと思うんです。これまではビジュアル系の激しい曲という印象で、歌詞の意味を考えることなく、Toshlさんが叫ぶための言葉としか思っていなかったのが、野木さんの和訳によって意外とシンプルなことを言っているんだなと。見方が全然変わりました。『リンダ リンダ リンダ』の時も、映画の撮影が終わって群馬からの帰り道に THE BLUE HEARTS を車でかけた時に一番感動したんですよね。きっと僕と同じように映画を観て『紅』の捉え方が変わる方はいると思いますし、これだけ『紅』を解体した映画もないんじゃないかと」
聡実役の齋藤が「紅」を歌唱するクライマックスのシーンは、スタジオで収録した歌声と、シーン撮影という二段構えで作り上げられ、齋藤が自ら何度もリテイクを希望。出演が決まってから2か月にわたって猛特訓を重ねて挑んだ「紅」は、多くの心を揺さぶることだろう。(取材・文:編集部 石井百合子)