石原さとみ「自分に飽きた」7年前からの再出発 監督に直談判してつかんだ主演映画で「クランクインからパニック」
石原さとみにとって2022年4月に第一子を出産後、初の主演映画となる『ミッシング』(5月17日公開)が間もなく公開される。本作は「どこかで私自身が自分に飽きてしまっている感じがしていた」という石原が、自分を変えてくれると確信した吉田恵輔監督(※吉は「つちよし」)に直談判したことをきっかけに役を射止めた。演じたのは、ある日突然失踪した幼い愛娘を捜し続ける母親だ。石原が「自分を壊してほしい」と飛び込み、女優として転機を迎えた本作の裏側を語った。
「20歳くらいのときに、ドラマのラブストーリーとか化粧品のCMとか雑誌の表紙とか、たくさん目標を立てたんです。ありがたいことに25歳から30歳くらいにかけてびっくりするくらい全部が叶ってしまって」と切り出した石原。現在も主演を務める連続ドラマ「Destiny」(テレビ朝日系)が放送中で、順風満帆なキャリアに見えるが、本人の感覚は違っていた。
「このままじゃマズいと思いました。わたしは、いわゆる『華』とか『美しさ』が求められることが多くて。それはそれでうれしいことですし、大切にしたい部分ではあるのですが、一方で自分にはもっと伸びしろがあると信じたい、真反対に行きたいという気持ちが芽生えてきて」とキャリアを重ねる中での心境の変化を吐露。そんなときに出会ったのが吉田恵輔監督の映画『さんかく』(2010)だった。それまで「学ばなければ」という強迫観念に近い思いで映画やドラマを観ていた石原が「没頭して観られて、すごく面白かった」と感動し、『ヒメアノ~ル』(2016)『犬猿』(2018)『愛しのアイリーン』(2018)など、次々と吉田作品を鑑賞。なかでも目を奪われたのが、『ヒメアノ~ル』で殺人鬼を演じた森田剛の演技。「パブリックイメージの正反対をいっていて、衝撃的でした」とインパクトの大きさを語りつつ、「わたしたちが勝手に(森田に)抱いていたイメージですけど」と、自らと照らし合わせるように付け加えた。
女優として焦りを感じていた石原が「この監督ならわたしを変えてくれる。自分でも不思議ですけど、そう直感しました」と伝手をたどって吉田監督に直談判をしたのが7年前。一度は断られるも3年後、本作の脚本を受け取った。役柄は、姿を消した幼い娘を懸命に探す中で、青木崇高演じる夫・豊とのすれ違いや、ネット上での誹謗中傷、視聴率を得たいために事実を歪めて報道するマスメディアに打ちのめされてボロボロになる母・沙織里。「沙織里のような心が壊れた人の役をやらせていただいたことがなかったですし、吉田組に入ることで絶対に成長できると思いました」と目を輝かせる。
これまでのイメージが壊れるリスクへの恐怖はなかったのかと問うと「まったくなかったです」ときっぱり。「広がるということしか考えなかったです。出産を経験したこともあって、沙織里の心はトラウマになりそうなぐらいにわかりました。外見に関しては監督と相談して、産後の抜け毛や肌荒れや体形の崩れをそのまま活かすようにしました。髪をボディシャンプーで洗ったり、爪を痛ませたり」とも。
外見へのアプローチを着々と進める一方で、内面の表現方法がわからず「クランクインからパニックでした」と石原は振り返る。「監督の『すごくよかった』とNGの差がまったくわからないんです。すべてが手探りで、新人状態。ただひとつ、意識して演じたものは全てNGだということはわかって。今まで味わったことのない感覚でした」と迷い続けた日々を述懐。
驚くことばかりだったという現場で特に印象深かったのが、警察署に駆けつけるシーン。台本では「……」としかなかったシーンが、撮影当日にいきなり「最後に叫んでほしい」と監督から指示を受けたのだという。
「台本の段階では、わたしはフリーズするものと思っていたんです。叫ぶ? どうやって? と混乱しましたが、夫役の青木さんと一緒に震えながら喜び、その直後に告げられた言葉にリアクションしたはずです」。その結果、予想を上回るシーンに仕上がったが、今思えば身構えなかったのがよかったのだろうと分析はできても、そのときのことは記憶にないと石原。「事前の計算でできたことは1つもありませんでした。わたしが想像していたものなんて『たかが』でしたね。実際にやってみたら、自分の感情がどこに行くのかよくわからなくて。監督にコントロールしていただきました」と思い返す。初めて知ったその感覚は、石原にとって「一生大切にしたい、宝物のような経験」になった。
吉田組での経験を経て、石原は役者に対するリスペクトが強くなったという。「わたしはこの作品で初めて知ったことが多すぎるほどなんですけど、例えば『映画は面白い』とおっしゃる役者の方々は、自分を消すとか、役の人生を生きるというこの感覚を知ってらしたんですよね。ほかにもたくさんわたしが知らないことをご存じなんだろうなって思うと、とにかく『すごい!』って」と胸中を明かす。「これまでの石原作品も十分すごかったのではないか」と問うと、「もしそうならうれしいですけど、わたしは自分を面白いと思ったことはあまりないんです。客観視はなかなかできないですから」と冷静な答えが返ってきた。
今、石原は「わたしもいつか、こんなふうになりたい」と夢中になって役者の演技を観ており、「改めて、すごい仕事をさせていただけているんだなと思っています」と感覚を新たにしている。その思いはきっと彼女の中に蓄積されて、いつか花開くだろう。「インプットされているといいですよね。でも、されていなかったとしても、今面白いだけで十分なんですけど」とワクワクが止まらない様子だ。この作品に関しても「観てくださった方にキャラクターの誰かの言葉が棲みついて、考え方が少しでも優しくなったらいいなと思います。反響は楽しみではありますが、自分の中ではこの体験ができただけで、幸福度がとても高いんです!」と充実の表情を見せた。(取材・文:早川あゆみ)
ヘアメイク:猪股真衣子 スタイリスト:宮澤敬子(WHITNEY)/KEIKO MIYAZAWA(WHITNEY)