【レビュー】『室井慎次 生き続ける者』全てがつながる…人々の心に深く刻まれる室井の生き様
12年ぶりに再始動した「踊るプロジェクト」は、柳葉敏郎主演の『室井慎次 敗れざる者』(全国公開中)ではじまった。秋田に帰郷した室井慎次の近くで、過去と絡んだ事件が起きる同作。その続きとなる『室井慎次 生き続ける者』(11月15日全国公開)では、室井の生き様がより深く、人々の心に刻まれることだろう。彼は、ずっと“約束”を忘れなかった。
『室井慎次』は、警察キャリアだった室井が、警察組織の改革を志すも果たせず、故郷で里親として子供たちと暮しているという物語だ。したがって、湾岸署で繰り広げられていた賑やかさはなく、彼らを彩っていたコミカルなテンポのよさも、軽妙な音楽や洒脱な映像もない。お台場の商業施設や海辺に代わって、緑豊かで高い建物がなく、冬は雪に埋もれる秋田の町が舞台だ。確かに、我々がよく知る「踊る大捜査線」ではないかもしれない。だが、室井は「踊る」がずっと描きつづけたものの芯を担うキャラクター。彼がいる限り、それはやはり「踊る」ワールドだった。
警察官僚を定年前に自ら辞したことで、盟友ともいえる新城賢太郎(筧利夫)に責められる様子も描かれた『敗れざる者』。室井は後悔をにじませながら「あの男との約束を果たせなかった」と語っており、連ドラ最終話で交わした所轄の捜査員・青島俊作(織田裕二)との“約束”を忘れていないことを示した。それはとりもなおさず、彼がこれまでの人生を見限ったわけではなく、背負ったまま、故郷・秋田で暮らしているということだ。
かつて室井は、事件の被害者の娘で、心に傷を負った雪乃(水野美紀)に辛くあたった。事件解決に向けた証言を得るためだったとはいえ、泣く彼女に被害者の死体の写真を見せたり、かなり冷酷な対応をしている。その彼が、事件の被害者の息子であるタカ(森貴仁/齋藤潤)を犯人と向き合わせ、その背中を押した。事件加害者の息子であるリク(柳町凛久/前山くうが・こうが)を、その父の理不尽な暴力から守ろうと尽力した。「責任は俺がとる」と明確に伝えて守る姿勢を見せたことで、「踊る」史上最悪の猟奇殺人犯・日向真奈美(小泉今日子)の呪縛から、その娘・杏(福本莉子)を解放した。市毛きぬ(いしだあゆみ)の店で暴れる若者を制し、刑部音松(木場勝己)や石津百男(小沢仁志)らにつらく当たられても文句も言わずに黙々とやるべきことを続け、やがては反発していた彼らに受け入れられた。
映画2作目『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の犯人の1人が殺された、今作での事件もそうだ。彼がかつて管理官として臨場していた湾岸署で面識のあった緒方薫(甲本雅裕)が捜査一課の刑事として登場し、室井への尊敬を全身で体現した。捜査一課の桜章太郎(松下洸平)は、沖田(仁美/真矢ミキ)に直接電話してまで室井を捜査に巻き込んだ。室井の助言と行動は、実際に事件捜査に役立っている。それは、過去の室井の行動と思考の結果だ。
おそらく室井は、警察官僚だった当時、青島との“約束”を実現するために、組織の中で奮闘していたはずだ。画には描かれていないが、彼は日々、円卓会議の重圧に耐え、隠ぺい工作など無理難題に耐え、上層部の理論ではなく現場の理論で仕事ができる環境を作ろうとまい進していたのだろう。青島に「正しいことができないんだ。自分の信念も貫けない」とこぼしたこともあるが、階級も所属も関係なく、捜査会議の席で全員に意見を募ったりもした。現場の正義を貫く青島に「おまえに託す」とし、捜査員に自身の判断で動くよう指示、責任は自分がとると明言した。そうして、少しずつ、組織にくさびを打ち込もうとし、針の穴より細くとも実際に打ち込んできた。そしてそれは、新城や沖田にも飛び火し、脈々と受け継がれた。
まさに“生き続ける”。所轄の一捜査員である和久平八郎(いかりや長介)と吉田副総監(神山繁)が若かりし頃につないだ思いは、「室井さん、命令してくれ。おれはあんたの命令を聞く!」と叫ぶ青島とそれを受けて直接命令を下す室井に受け継がれた。そして室井は「生きる力を持て」と子どもたちに語り、上っ面な言葉ではなくその生き方で、子どもたちに意志と思考を伝える。子供たちが確実にその思いを継いでいることは、タカが考える将来の夢を知った我々には、自明の理だ。さらに沖田と新城は、より現実的な形でそれを形にしようとしている。
全てがつながっているのだ。室井の人生の証が、今回の2作に詰まっていた。「踊る」という物語の軸をなす青島と室井の“約束”は、生き続けている。(文:早川あゆみ)