『モアナと伝説の海』での鮮烈デビューから7年 モアナ役・屋比久知奈の現在
無名の新人でありながら、その並外れた歌唱力と表現力で2017年公開のディズニー・アニメーション映画『モアナと伝説の海』のヒロイン・モアナ役に大抜てきされ、鮮烈なデビューを果たした屋比久知奈。以降、「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」「ジェーン・エア」と数々の大舞台を踏み、ミュージカル女優として進化を続けてきた。12月6日に公開される『モアナと伝説の海2』で再びモアナ役を務めた屋比久が、「早かったような、たっぷりだったような」という7年を振り返るとともに、自身と重なるモアナ役への熱い思いを明かした。
海に選ばれた少女モアナが悩み傷つきながらも、自分の進むべき道を見つける姿を描いた前作『モアナと伝説の海』。それから3年後を舞台にした本作では、航海術も板につき、責任も増して成長を遂げたモアナが、二度と戻れない可能性があると知りながらも、島の未来のために危険な冒険へ繰り出すことになる。
前作収録時はまだ故郷・沖縄の大学生だった屋比久は「前作でのわたしはほとんど“ありのまま”で、その時の自分ができることをとにかくがむしゃらに注ぎ込んだ収録でした」と振り返る。「だからこそ、3年後のモアナを演じるにあたっては『この7年でいろんなことを経験させてもらえたわたしができる表現って何だろう?』とすごく悩み、考えていたのですが、実際に映像を観たら『モアナ』は変に作り込むべき作品じゃなかったなと思い出したんです」
「モアナはすごく真っすぐな子ですし、作品のメッセージも真っすぐ。なので『わたしの今持っている全てを出す!』みたいな気持ちで臨むのではなく、逆に余計なことをしないように、作りすぎないように、そぎ落として表現したいと思いました。この7年の経験があるからこそ、変に何かをしなくてもきっと出せるものがあるんじゃないかと思ったんです」
屋比久の言葉通り、モアナの成長は屋比久自身の成長にぴったりと重なる。「モアナは3年で、海を渡れなかったところから冒険を経て今は本当にいろんな海を巡れるようになり、妹も生まれ、島の一員としての役割も大きくなっているのですが、わたしもそうだなって思ったんです。同じように何もわからないまま出てきて、ミュージカルをやらせてもらって、経験を積んで、いろんなうれしいことや楽しいことがあった一方、いろんな失敗や悔しいこともあって、その過程があったからこそ今のわたしがある。その状態もすごくリンクしましたし、彼女の迷いや悩みにも共感しました。大切なものができたからこそ踏み出せない怖さや不安とか、でも守りたいものがあるから頑張れるとか、シンプルだけど深い、誰もが共感できるテーマが描かれていると思います」
そんな進化を遂げたモアナを象徴する楽曲が「ビヨンド ~越えてゆこう~」だ。モアナの不安や葛藤が抑揚を効かせて表現された名曲にして難曲で、屋比久も「本当に難しかったです……! もう、何をしてくれたんだ! と正直思いましたけど」と笑うが、さすがの表現力で物にしている。それでいてモアナの真っすぐさもしっかり感じられるのは、変わらぬ純真さを持つ屋比久の強みだろう。
「前作の『どこまでも ~How Far I'll Go~』が知らない世界や新しい何かに対する憧れをキラキラと描いていたのと対照的に、『ビヨンド』はいろんな世界を見て、積み重ねてきたものや自分の役割もあって、モアナが大人になって成長して守るものができたからこその葛藤を描いている曲なんです。だから、違うドキドキがありました。ワクワクと高揚している一方で、不安や武者震いもあるというコントラストが面白い曲なのですが、難しいです」
収録ではモアナらしく真っすぐ歌うことを心掛けつつ、試行錯誤を重ねた。「(オリジナル版モアナのアウリイ・クラヴァーリョが歌う)オリジナルの曲があるので、その声の表現の仕方や曲の空気感を大事にしつつ、じゃあ日本語でどういう表現だとそれに近づけられるのかというのを音楽ディレクターや訳詞家の方と相談しながら、言葉のはめ方、表現、声の出し方、響きなど細かく、細かくやっていけたので、それがうまく作品の中で伝わればいいなと思っています」
この7年を振り返り、「早かったような、たっぷりだったような、でも本当に感謝しかないです」と充実感をにじませた屋比久。「楽しいことも、悔しいことも、大変なこともあったけど、好きなことをやれているのはすごく幸せなことだなと思いますし、舞台を通していろいろな人や作品と出会えて、糧やつながりや大事なものもいっぱいできました。すごく充実した7年だったと思うと同時に、今回この続編をやるとなって前作の自分の歌声を聴いてみた時に“もう今はこうは歌えないな”とちょっとした寂しさも感じたりして」と切なげに笑う。
「でも経験してきたものは確かにあって、だからこそできる表現もきっとある。それをもっともっと突き詰めていきたいなとあらためて思いました」と決意を新たにした屋比久。「初心に返ったのと同時に、今いる場所と、今ここから『さあ、どうしようか?』ということもちょっと考えさせられました。深いところで皆さんに何かを感じてもらえたり、皆さんを動かせたり、わたしもそれに伴って動かされたり……、表現の世界でそういうつながりみたいなものができたらいいなと思います」と今後も奥深い表現の世界を探究していく所存だ。
最後に、屋比久にとって『モアナと伝説の海』はどんな意味を持つ作品なのだろうか? 「本当に大切です。お仕事の面でもわたしのスタートであり、自分のコアになっている作品。それだけでなく、わたし個人としてもモアナという役にはリンクする点がすごく多く、モアナが常にわたしの中にあって、支えてくれている、乗り越える力をくれているなと人生の節々で感じます。そういうキャラクターや作品に出会えてすごく幸せですし、だからこそ今回成長したモアナと一緒に冒険ができたのが本当にうれしいんです」と瞳を輝かせる。
モアナを支えに進化を続けてきた屋比久は、どんな波も越えて行けるだろう。「モアナはわたしの一部であり、わたしもモアナの一部。一体になっているすごく大事なキャラクターです。またこの先もモアナといろんな景色を見ていけたらなと思います」と自身を待ち受ける新たな旅に胸を膨らませていた。(編集部・市川遥)
映画『モアナと伝説の海2』は12月6日より全国公開