是枝裕和監督、広瀬すずは「現場で台本を見ない」 7年ぶり3度目のタッグも完璧な演技
1979年、1980年に放送された向田邦子の名作ホームドラマを是枝裕和監督がリメイクするNetflixシリーズ「阿修羅のごとく」(世界独占配信中・全7話)。年老いた父に愛人がいたことが発覚したのをきっかけに四姉妹それぞれが抱える葛藤や秘密が浮かび上がっていくさまを描く本作で末っ子を演じているのが広瀬すず。その広瀬と作品(※CMを除く)では映画『海街diary』(2015)、『三度目の殺人』(2017)に続いて3度目のタッグを組んだ是枝監督が、広瀬の魅力を語った(※一部ネタバレあり)。
本作は、向田の代表作の一つである「阿修羅のごとく」を時代設定はそのままに、主に四姉妹のキャラクターを現代の視聴者に向けアップデートするかたちでリメイク。長女・綱子に宮沢りえ、次女・巻子に尾野真千子、三女・滝子に蒼井優、四女・咲子に広瀬すずという四姉妹のキャスティングは、向田作品にかかわった経験をもち本作の企画を立ち上げた八木康夫プロデューサーによるもので、是枝監督は監督のオファーを受けた際に「喜んで」と快諾。広瀬とは『三度目の殺人』以来、作品では約7年ぶりのタッグになるが、是枝監督は「三人(宮沢・尾野・蒼井)と芝居ができることをすごく楽しんでいるようでした。相変わらず完璧にセリフが入った状態で現場に来ていて、現場では全く台本を見直さない。まだ若いのに素晴らしい成長をしていらっしゃるなと」とその才能にほれ込んでいる様子だ。
広瀬演じる咲子は劇中、三女の滝子とそりが合わず、顔を合わせるたびにいがみあう。滝子は神経質な性格で昔から勉強は得意だが異性にはモテず、咲子は奔放な性格で勉強は苦手だが異性にモテる……と対照的。咲子にとって、滝子の鼻を明かすことが生きがいといっても過言ではない。そんな咲子のキャラクターについては広瀬が演じることを想定してアレンジしたという。
「原作の咲子は芽の出ないボクサーと同棲していて、男の成功や失敗に従属していく感じだけれども、すずがやるにはちょっと違うなと思った。むしろ咲子の自己実現のために恋人を成功させるというふうに逆転させた。同様に他の三人も自主性、自己肯定感を強める方向で変えていきました」
~以下、ネタバレを含みます~
是枝監督いわく「1テイク目から100点を出してくる」女優。例えば、「もうどうしていいのかわかんない」というほど追い詰められた咲子が涙ながらに、ありのままの自分を滝子にさらけ出すクライマックス。
「長回しだしカメラも移動するので、テストをしようと思って準備をしていたら逆にすずに“テストしますか?”って言われたんですよね。つまり“もう撮ってもらって結構です”“一回目から100で出せます”ということ。そうすると、こっちの方が失敗できないなって……。結構そういうことが多いんですよ。僕が何かを引き出したと自負できるシーンもなくはないけど、基本的に現場に入ってきた時に“どうぞ”という感じ。ホントに大したもんだなあと……」
その是枝監督が「何かを引き出せた」と感じられたのが、咲子が姑(高畑淳子)に胸を突かれ、言葉につまるオリジナルのシーン。原作では夫のボクサー・陣内(藤原季節)の体に異変が起きたのちは試合のシーンはないが、今回は危うい状態で試合に挑んだ結果、救急車で運ばれる展開に。試合のシーンを加えることで夫の異変に気付いていながら試合をさせた咲子のエゴを表している。
「夫(藤原季節)が倒れた後に病室で姑に“あんた知ってて息子に無理させたんだろ。怖かおなごやね”って言われるところはオリジナルで書いたんですけど、あの時のすずの表情だけの芝居が本当に素晴らしかった。自分のエゴを隠しながら献身的な嫁を演じているんだけど、内心では“あそこでやめておけば”と思っている。でも、そうすると自分も手にしかけた、姉にも自慢できる幸せを手放さなければならなくなる……という葛藤が垣間見えるシーンを書こうと思いました」
オリジナルのシーンといえば、試合直前にもある。雨が降る中、咲子がソファーで夫を膝枕するシチュエーションで、咲子は外を見ながら夫に物憂げな表情で力なく「もうやめてもいいんだよ」と言い、「もう少しで手の届くところまで来ているんだからよ」と思いとどまる夫に「雨嫌い」とつぶやく。
「揺れる感じのすずをもう少し撮りたいと思い、加えました。ボクシングを辞めてもいいと言うんだけど、あの揺れを一旦挟んだ上での試合にしようと思った。特に、後半の4、5、6話は咲子の心の揺れがすごく大事。咲子と滝子の立場が逆転していくので、そこに至るまでに足りないと感じたところを加えた感じです」
咲子と滝子の長年の確執が思わぬ展開を迎える最終話は全話の中でも白眉で、広瀬の演技力が最大限に引き出されている。(取材・文:編集部・石井百合子)