小芝風花、「べらぼう」で涙が止まらなかったシーン 瀬川として最も苦しかった選択

現在放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(毎週日曜NHK総合よる8時~ほかで放送中)で、吉原きっての花魁・瀬川を演じた小芝風花。第10回「『青楼美人』の見る夢は」で身請けが決まり、盲目の大富豪・鳥山検校(市原隼人)の妻となり、名も瀬川から瀬以へと変わった。しかし吉原から出て新たなスタートを切った瀬以には、大きな試練が待ち受けていた……。花の井、瀬川、瀬以と名前を変え、激動の人生を歩んだ女性を演じた小芝が、改めて長きに渡る撮影を振り返った。
本作は、江戸時代中期、貸本屋から身を興して書籍の編集・出版業を開始し、のちに江戸のメディア王として時代の寵児となった蔦屋重三郎(横浜流星)の立身出世を描いた物語。脚本を大河ドラマ「おんな城主 直虎」、ドラマ10「大奥」(NHK)シリーズなどの森下佳子、語りを綾瀬はるかが務める。
花魁にとっての“理想形”として身請けされた瀬川。一方で、吉原を去ることは、恋焦がれる蔦重との別れを意味し、その葛藤を描いた第10回は大きな反響を呼んだ。その後、瀬川は瀬以と名前を変え、検校の妻として平穏な暮らしを始めるが、第13回「お江戸揺るがす座頭金」では、瀬以の心にある蔦重への思いに嫉妬した検校が、瀬以に不義密通について問い詰めるシーンが描かれた。その際、瀬以は「重三はわっちにとって光でありんした」と正直な胸の内を検校に打ち明ける。
小芝は、検校という人物について「瀬川が最初に鳥山さまに会ったあと『鳥山様はまこと稀に見るいい男であられんすなあ』というセリフがありましたが、その言葉に嘘はなかったと思うんです。蔦重さえいなければ添い遂げたかったし、添い遂げられる人物」と瀬以にとって心から「お慕い申し上げている男性」だったというが、一方で「あまりにも察しすぎる人だったので、近寄りすぎると心の中を覗かれてしまうのでは……」と最後の一歩、心の距離を詰められない関係だったのではと自身の解釈を述べる。

瀬以は涙ながらに検校に「主さんを傷つけるばかりのこの思い、こんなものは消えてしまえとわっちとて願っておるのでありんすよ」とも訴える。小芝は「あれは本心だったと思います。誰よりも検校さんは自分のことを大切に思ってくれている。その思いは、蔦重よりも強いと思っていた。私自身も蔦重への思いなんて捨ててしまいたいと思っていた」と語ると「だからこそ『信じられぬというなら、どうぞ、ほんにわっちの心の臓をとっていきなんし』と覚悟を持って検校に訴えかけたんだと思います」とシーンの心情を丁寧に答えた。
その後、第14回「蔦重瀬川夫婦道中」では高利貸しが問題となり、検校は入牢してしまう。瀬以は松葉屋に預けられ、そこで蔦重と再会することに。蔦重は瀬以に共に本屋を営むことを提案し、二人は夢を語り合う。
小芝は、これまで演じたすべてのシーンを振り返り「二人で横になりながら話したあのシーンは一番の幸せだったと思います」と語ると「もともと蔦重の性格からして、恋愛関係になるなんて思っていませんでしたし、(瀬川の名跡を継ぐ前の)花の井にとっても絶対想像できなかった未来。言ってみれば奇跡なんですよね。ありえないと思っていたことが叶った瞬間。あのシーンは手放しに幸せだったと思います」と笑顔を見せる。

しかし、そんな幸せもつかの間、瀬以は自ら幸せを手離し、蔦重の前から姿を消してしまう。小芝は「検校は、お金が絡んだ汚い仕事で財を得ていた。多くの人に恨みをかっていたんですよね。その妻というのは、同じように良くない人間なんです」と瀬以の立ち位置を指摘。「蔦重の本屋を開くという大きな夢。目を輝かせて前に進む蔦重にとって、自分の存在は夢の妨げになってしまうと察する。最初は蔦重と一緒になるために荷造りをしていたのですが、それがいつしかそばから離れるための荷造りになってしまっていたんです」と振り返る。
この場面について小芝は「最後に文を残すのですが、本番前から涙が出てしまって、カットが掛かっても涙が止まらなかった。本当に苦しいシーンでした」と、第14回は最大の幸せと悲しみが同時にやってくるような話だったという。
本シーンについて「これまでの作品でも、いろいろと苦しいなと思うシーンは演じてきましたが種類が違いました」と相当感情的になったことを明かし、「思っている人と結ばれないというだけではなく、身を削って相手の幸せを願うという、まさに吉原という身動きが取れないなかでの決断というのは、恋愛ドラマとは一線を画した重みを感じました」としみじみ語る。
花の井、瀬川、瀬以という女性を演じたことで小芝は「いまの時代、会いたいときには会えるし、好きな人を思うことも割と自由な時代。当たり前にできたことができなかった時代を生きてみて、今はこんなにも自由なんだから、もっと勇気を出して、自分が幸せだと思えることをしっかり突き進んでいきたいと改めて感じました」と気付きもあった様子。
「もちろん瀬川のように自らの命を削ってまで……というのはなかなか難しいところはありますが、こうして作品をご覧いただいて、いろいろなことを感じていただけることは、今後の仕事をするうえでとても励みになりました。しんどいこともありますが『良かったよ』『面白かったよ』と声をかけていただけるとすべてが報われた気持ちになります。これからも頑張っていきたいです」とエンターテインメントを届ける立場として、新たな決意を語っていた。(取材・文:磯部正和)