略歴: 編集者を経てライターに。映画、ドラマ、アニメなどについて各メディアに寄稿。「文春野球」中日ドラゴンズ監督を務める。
近況: YouTube「ダブルダイナマイトのおしゃべり映画館2022」をほぼ週1回のペースで更新中です。
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映画好きでグッと来ない人はいないんじゃないだろうか。舞台は1970年のタイ。主人公はおんぼろバスで全国を回っている移動式映画館を営む男たち。彼らは広場にスクリーンを立て、映画を上映して、声は全部男一人で演じている。ただ、男の声だけでは限界が来ていたところへ女性の声優がやってきて……というお話。タイの巨匠、ノンスィー・ニミブット監督の視線はとても温かく、物語に大きな起伏はないが、2時間超まったく飽きさせない。ノスタルジックな風景も楽しいし、クライマックスの多幸感も素晴らしかった。タイの国民的大スター、ミット・チャイバンチャーが大きな鍵になるので、彼の名前だけ覚えておこう。そう、映画は夢なんだよ。
自然豊かな田舎町をショッピングモール建設によって都市開発しようとする自治体職員たちが、研修先のコテージで殺人鬼に一人ずつ血祭りにあげられるスウェーデン産のホラーコメディー。地元のゆるキャラのお面を被ってディベロッパーを殺しまくる殺人鬼のキャラクターがユニークだが、ほかにも白人しか出てこない新しい街のPR動画に「これ作ったのネオナチ?」とツッコミが入ったり、ショッピングモールの用地取得が不正だらけでテナントもスカスカだったりと、風刺が盛り込まれているのが良い。やたらと全裸になりたがる悪徳自治体職員役のアダム・ルンドゲレンの怪演が見どころ。ちゃんとコメディーだとわかりやすい日本語吹替版がおすすめ。
ある猟奇殺人事件の調査を記録した映像をめぐるドキュメンタリー風ホラー。序盤は淡白だが、祈祷師が出てくる中盤あたりからドキュメンタリー感がほとんどなくなっていくのが面白い。怖い映像は折々で挟まってくるが、物語の軸が見えづらく、どうも盛り上がりに欠けてしまう。途中に「福祉院」が登場するが、これは実際にあった「兄弟福祉院事件」がモデルだろう(開設していた年代が同一)。障がい者や浮浪者など3000人を強制収容し、強制労働や暴行によって500人以上が亡くなった。こういう話を知れば知るほど、「怖いのは幽霊より人間」という気分になってくる。
イランの核施設を爆破したCIA(に雇われたイギリス人)エージェントが次の任務地のアフガニスタンで危機に陥り、在米アフガン人の通訳とともに脱出を図るアクション。イランとパキスタンに挟まれ、国内はタリバンが支配しているが、タジク人の軍閥も跋扈し、アメリカが空爆する紛争スクランブル交差点・アフガニスタンの事情がわかっていないと理解が難しい(ついでにヘラートからカンダハルまでの地理も)。パキスタンとタリバン、アフガニスタン(元国軍)特殊部隊とイギリスのそれぞれ近しい関係も頭に入れておこう。宗教や国別に善悪が別れておらず、ラストはかなり複雑な気分になる。「現代の戦争に勝利はない」という言葉が重い。
西村ツチカのオリジナリティ溢れる画が、カラフルで美しいアニメーションになってる! もうそれだけで感動してしまう。70分程度の中編だが、短いエピソードが積み重なっていき、大きなうねりになるので、満足度が非常に高い。ストーリーの前に出ているのは、ドジな新人コンシェルジュのお仕事ストーリーだが、その奥に人間の身勝手な欲望と消費、動物の絶滅と適応など、深遠なテーマが隠れている。人間の都合で絶滅の危機にある動物たちをおもてなすのが、これもまた絶滅の危機に瀕している百貨店なのがせつない。どこかノスタルジックな気持ちになるのは、あのようなおもてなしに出会うことが少なくなったからなのかも。