清水 節

清水 節

略歴: 映画評論家/クリエイティブディレクター●ニッポン放送「八木亜希子LOVE&MELODY」出演●映画.com、シネマトゥデイ、FLIX●「PREMIERE」「STARLOG」等で執筆・執筆、「Dramatic!」編集長、海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」DVD企画制作●著書: 「いつかギラギラする日 角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」●映像制作: WOWOW「ノンフィクションW 撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画・構成・取材で国際エミー賞(芸術番組部門)、ギャラクシー賞(奨励賞)、民放連最優秀賞(テレビ教養番組部門)受賞

近況: ●「シン・ウルトラマン」劇場パンフ執筆●ほぼ日の學校「ほぼ初めての人のためのウルトラマン学」講師●「るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning」劇場パンフ取材執筆●特別版プログラム「るろうに剣心 X EDITION」取材執筆●「ULTRAMAN ARCHIVES」クリエイティブディレクター●「TSUBURAYA IMAGINATION」編集執筆

清水 節 さんの映画短評

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  • 人類資金
    志は一流、配役は豪華だが、気宇壮大な物語はリアリティに欠ける
    ★★★★★

     戦後日本を陰で牽引したと言われる巨額の「M資金」。都市伝説の域を出ないモチーフを根幹に据えて、マネー資本主義の社会に一石を投じようという壮大な経済サスペンスだ。
     
     素晴らしきテーマの下、主役級の役者が大勢顔を揃え、物語はグローバルに展開する。世界を裏で操る組織の陰謀に巻き込まれる詐欺師は佐藤浩市。組織首謀者の配下に森山未來。M資金運営財団の理事長に仲代達矢。NY投資銀行にはヴィンセント・ギャロ。暗殺者はユ・ジテ。秘密資金を奪取して「世界」を変えようという大風呂敷に身を乗り出すものの、志高き裏組織首謀者が香取慎吾、防衛省秘密職員に観月ありさという人選に違和感を覚えたあたりから、次第に首を傾げはじめる。何しろ謎の全ては膨大なセリフによって説明されてしまう。阪本順治のリアリズム演出は、原作者福井晴敏自身が手掛けた詰め込みすぎの脚本から、リアリティを引き出すことに失敗している。とりわけアクションとギャグは劣悪だ。
     
     虚構と現実の狭間を縫うこのストーリーに説得力を持たせるには、アニメーションこそ相応しかったのではないか。神山健治演出で観てみたかった。

  • ハンナ・アーレント
    「サンデルの白熱教室」よりも価値高き「アーレントの思考教室」
    ★★★★★

     深い洞察とブレない勇気。半世紀以上前、こんなにも思考の高みに達した人間が存在した。なのに世間は…そして未だ人間は…。畏敬と慨嘆なくして観られない傑作である。
     
     強制収容所を逃れアメリカへ亡命した実在のドイツ系ユダヤ人の哲学者アーレント。波瀾万丈の生涯だったが、映画はただ1点に照準を定めた。この世の地獄を創出したナチス戦犯アイヒマンの裁判を傍聴し、まとめたレポートの内容だ。彼は「凶悪」ではなかった。命令に従い黙々と手を下しただけの小役人。彼の記録映像をインサートした効果は大きい。我々は、アーレントの視座から陳腐な悪の表情を目撃する。同時に彼女は、ユダヤ人指導者もナチスに荷担していた事実を明らかにした。根深い悪は「凡庸」な者によって遂行される。民族を全体として捉えず、単純な善悪を否定したアーレントの確固たる信念。そして吹き荒れる非難の嵐。両者の描き込みが実に見事だ。
     
     すぐさま一方向へなびくこの国もまた、「思考停止」に陥りやすいとはいえまいか。非人間性は拡大する一方だ。「サンデルの白熱教室」よりも現代人を数段覚醒させる有意義な「アーレントの思考全開教室」を、劇場で受講してほしい。

  • スティーブ・ジョブズ
    愚かであれ!とは、底の浅い伝記映画を作れという意味じゃない!
    ★★★★★

     スタンフォード大で2005年にジョブズが行った有名なスピーチの言葉を借りて批評しよう。
     
     人生における「点と点」を有機的につなげられず、事実を誇張した年表のようだ。しかも『ソーシャル・ネットワーク』を表層的になぞるかのように欠点を強調するあまり、共感を呼ぶことがない。それに「愛と敗北」の描写が浅薄だ。天は二物を与えず、世界を変革する発明に長けた反面、経営的才覚に欠けた彼は、自分の会社から放てきされ、復帰してから本領を発揮した。しかし周囲に支えられ人間的成長を遂げる姿はなく、これではリベンジに執念を燃やしただけの男だ。さらに、若くして「死」の影が迫ってからの切迫感、人生観の変化を捨象してしまった。何より、彼が抱いた高邁なビジョンが欠落している。
     
     ジョブズならきっとこう言うね。「本作を観るくらいなら、砂糖水でも飲んでいたほうがましだ。ただのクソ野郎にしか見えないじゃないか。ハングリーであれ愚かであれ!とは言ったが、空腹なら大急ぎで底の浅い伝記映画を作れという意味じゃない。さあ、作り直せ!」。

  • 陽だまりの彼女
    純愛劇はサプライズを経て、儚く普遍的なファンタジーへと変わる
    ★★★★

     所詮セカイ系だろ、と高を括ってはいけない。先入観を捨てて臨む価値がある。感傷的なハイキーの映像と、クローズアップによる視線の豊かな交錯と、懐かしきザ・ビーチ・ボーイズの音楽によって、純度の高き想いを掻き立てるラブロマンスは、サプライズを経て、はかない幻想譚へと変わる。
     
     松本潤が、いつになく柔らかい。感性演技を封印した上野樹里は、眼差しでたおやかさと陰りを表わす。中学時代に扮する北村匠海と葵わかなの好演も光り、感情に連続性を与える。終盤の展開をありえないと否定するのは野暮だ。三木孝浩演出は、日常から非日常へゆるやかに移行させ、彼女の秘密を信じさせる。「人が人を恋うるとき人は誰でもさびしんぼう」という大林映画の言葉が脳裏をよぎり、多様な解釈が拡がる。
     
     暖かな陽光に包まれた男女の時間は限られ、それゆえ永遠を希求する。これは、価値観を共有しながらも喪失を覚える『(500)日のサマー』であり、時間差よりも切ない『時をかける少女』であり、そして何より大人びた『崖の上のポニョ』ともいえる、普遍的なファンタジーの名篇である。

  • 地獄でなぜ悪い
    邦画の現状へ放り込まれた爆弾
    ★★★★

     『ヒミズ』と『希望の国』。震災や原発をモチーフに社会や内面に鋭く斬り込む過激な映画を撮った反動は、あらゆるジャンルを詰め込んだ痛快娯楽活劇へ、半端じゃない振り切れ方で発露した。ここでは誰もが皆、主人公。一世一代の傑作映画を撮りたい青二才がいる。矜恃に生きるはぐれ者がいる。彼らにとって現実と虚構の境界は曖昧で、立派な映画バカとヤクザに成り果てた執念深き者どもの10年史が、笑いと血糊を満載に描かれていく。
     
     映画監督の立志伝であり、35ミリフィルム讃歌であり、ヤクザ映画やカンフー映画へのリスペクトでもある。しかし、ただ単に愛するものを寄せ集めてサンプリングしたオマージュの集積では終わらない。「ヤクザな金で愛すべきバカが映画を撮る!」。作り手は死ぬ気で臨み、出資者は本当に死ぬかもしれない。それは、比喩でもあり事実でもあった。製作委員会システムに志高き映画が骨抜きされる以前の、映画製作の一面的な真理だった。園子温の半自叙伝的エンターテインメントは、邦画の現状へ放り込まれた爆弾である。

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