森田まほ
映画が好き!現場で働きたい!その思いがこうじて単身アメリカ、ハリウッドへ渡り、現場でインターンとして日夜現場を飛び回る日々であったが、ある日アメリカ人の青年と結婚。その後予定外の妊娠をするが、無事出産。現在はグリーンカードを取得すべく待機中。 |
突然のホールドアップに、両手をかざして向かっていったステファン。私にとっては、ただのドラッグ大好きなモデルだったけど、彼には秘密があった。
自分の命すら省みないステファンがどうしても許せなくて、怒り狂う私をフィリップが止めた。
「マホ。ステファンはルーマニアから来たんだよ」
無知な私はその言葉に全然ピンとこなかった。四人で、飲みに行ったバーでステファンは自分の故郷の話をしてくれた。ルーマニアでは1989年に内戦が起こり、チャウセスク大統領は国民の前で公開処刑された。この時、ステファンは16歳。
16歳の彼は他の、友達と一緒に銃を持ち、政府と戦った。友達も家族も失ったそうだ。その時のことが、今もフラッシュバックして、眠れないんだといった。
ステファンは、あまりの混乱と、トラウマで精神的に不安定になって18の時にロサンゼルスにやって来たそうだ。18の子供に、生きる方法なんて見つからない。
もともとハンサムな彼は、ストリートで男の人相手に体を売って生活していた。今は、ちゃんとした仕事について(とはいってもレストランのウエイターだけど)モデルとしても、ある程度成功してるステファン。彼の、人生はあまりに悲しくて、残酷だった。
「僕は、1989年に、友達と一緒に、家族と一緒に一度死んでるんだ。だから、もう死も怖くない。でも、マホ達に怖い思いをさせちゃってごめんね」
笑いながら話すステファンに私は一言も返せなかった。
私は、リアルタイムに起こっていた歴史についてまったく知らなかった無知な自分が恥ずかしかった。私が平和に、日本で暮らしている時、世界ではつらい思いをしている人がたくさんいたんだ。それは、ニュースで観たり、聞いたりして知ってた。でも、こうして、目の前に実際そういう人が現れて、私は、そのことを“知っていた”ふりをしていただけなんだってことに気付いた。
私には、ある日突然、自分や自分の彼が銃をもって戦ったり、政府に撃たれて死んでしまったり、そんなことが起こるわけもなく、どこか、遠く遠くのおはなしで、まるで残酷なおとぎ話みたいな、そんな風にしか聞こえなかった。ステファンの話には、私にはあまりにも現実じゃなかった。
私はただひたすら悔しくて、悲しくて、強いステファンを前になみだが止まらなくて恥ずかしかった。それなのにステファンは
「マホが、僕のこの気持ちを理解できないのは当たり前だし、そんな風に泣かなくて良いんだよ。むしろ、ドラッグの力も借りずにいっつもけらけら笑ってるマホが僕はうらやましい」
ステファンは、1989年の記憶に、今もとりつかれている。お日様を見て今日も晴れだって、うきうきすることも出来ないし、うんこうんこっていって馬鹿みたいにゲラゲラ笑うことも出来ない。
ドラッグをやってるときは、ただ、笑い人形みたいに笑ってたステファンを思い出した。
ハリウッドで出会った、二人の最強人物達は、自分の中に死をもった二人だった。
今度の戦争で、一体何人の人が、子供たちが、自分の中に死を迎え入れてしまっただろう。たとえ自分が、命を落とさなくても、心に死をもった人は、強くて、悲しい。
死に立ち向かえるほど最強でもなく、昨日も今日もささいなことで笑っている私たちは、本当に幸せだとおもう。
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