児童養護施設の子どもの顔にモザイクをかけず素顔を公表 貧困や虐待から逃れた子どもたちの心の傷むき出しに
児童養護施設に8年間密着したドキュメンタリー映画『隣る人』の刀川和也監督がこのほどインタビューに応じた。同様のテーマを扱った作品には子どもたちの人権を考えて顔を認識できないようにしがちだが、以前にテレビ取材を受けてモザイクを入れられた子どもたちからの「わたしたちは犯罪者なの?」という訴えに従って素顔を公表。その覚悟をいかに受け止めるべきか? 観る者に多くの問題を突きつける力作となっている。
刀川監督は本作が監督デビュー作。フリージャーナリスト集団「アジアプレス・インターナショナル」に所属し、これまでアジアの児童問題を取材してきたが、2001年に起こった附属池田小事件が製作のきっかけになったという。刀川監督は「海外ではなく日本の問題を取材しなければと痛感しましたね。それで事件を調べていくうちに宅間守死刑囚の家庭環境を含めた教育問題にぶつかった。そしてさまざまな資料を読んでいるうちに、評論家・芹沢俊介さんの『「新しい家族」のつくりかた』に出会い、今回取材させて頂いた光の子供の家(埼玉県加須市)の存在を知りました」と説明する。
光の子どもの家は1985年に菅原哲夫氏が創設した児童養護施設で、男女混合の少人数の子どもたちと職員が寝食を共にしながら家族のように暮らしている。入所者はおおむね2歳児~18歳まで。刀川監督はまず、必ず全員で囲む食事風景に新鮮な驚きを感じたという。「こんなに家族らしい食卓を見たのは久々。いまや普通の家庭の方が滅多に見られない光景なのではないか?」と力説する。
だが、入所してくる子どものほとんどは、貧困や四大虐待(身体的、養育放棄、心理的、性的)などの理由で両親と暮らせなくなった子どもたちだ。何げない暮らしの中で彼女たちの心の傷がむき出しになる。施設内の配置替えで世話になっていた保育士と離ることになったマイカは「ママ~!!」と絶叫して追いすがる。ムツミと母親は一緒に暮らしたいが、顔を突き合わせるとぶつかり合い、互いに深い傷を負ってしまう。非情な現実がやるせない。刀川監督は「劇中、保育士のマリコさんも言ってますが、一緒に暮らしていればケンカをしても2、3日後に良いことがあればそれで和らぐ。それが暮らしの醍醐味。でもたまにしか合わない彼女たちにとっては、そのぶつかったことがすべてになってしまう。ムッちゃんのお母さんも本当に一生懸命なのですが……」と苦渋の表情を浮かべる。
そこで刀川監督は前述した菅原氏の教育思想でありタイトルにもなっている隣る人(絶対的に存在出来る人)の存在の大切さを強調する。「困ったときにあの人の顔が浮かんだり、悪いことをした時にあの人の悲しむ顔を見たくないという存在がいるか? それは血が繋がってなくても、時間や日々の暮らしの積み重ねで作れることを記録できたのではないかと思います」。
刀川監督は彼女たちが20歳になるまで、今後もカメラを回し続けていくという。(取材・文:中山治美)
映画『隣る人』は5月12日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開