強制収容所で生まれたシン・ドンヒョクさん、自由や家族という言葉は最近まで知らなかった
北朝鮮の政治犯強制収容所で、囚人の両親のあいだに、生まれながらの政治犯として生をうけたシン・ドンヒョクさんの過酷な半生と、収容所の壮絶な実態を描いたドキュメンタリー映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』の公開を記念した上映会&トークイベントに、シンさん自身が来日し、「いまこのときも、北朝鮮では20万の人が収容所で人間扱いされないまま苦しんでいる。その現状を知ってもらうために来ました」と、会場に語りかけた。
現在は脱北し、韓国で暮らすシンさんは31歳。1982年、平壌の北80キロにある強制収容所「14号管理所」で生まれ、23歳で収容所を脱走するまで、収容所以外の世界の姿については想像もできなかったという。「『自由』という言葉は、脱走するまで知りませんでした。強制労働で人間以下の扱いしか受けない囚人には必要ないからです。母や兄が目の前で公開処刑されたときも、悲しいという感情はありませんでした。人が殺されるのは日常のことですし『家族』という言葉や、親子とは何なのかも知りませんでした」とシンさん。
脱走後、もっとも衝撃を受けたのは、収容所の外の北朝鮮の普通の人たちの暮らしを見たときだったという。「収容所のすぐ外に、好きなものを食べ自由に語り合い、警察に恐怖を感じない世界があった、ということが信じられなかった」とシンさん。「自由というのは、お母さんのお腹のなかにいるときから、当たり前のものとして与えられなければいけない。北朝鮮の人権状況を何とかしなければと映画にも出ました。でも自分は、本当はこういうのは苦手。田舎で静かに暮らす方が好きなんです」と、穏やかに語りながら、故郷の実態を静かに訴えた。
本作は、ドキュメンタリー映画を多く手がけ、映画賞の受賞経歴もあるマルク・ヴィーゼ監督が、トラウマに悩まされるシンさんと信頼関係を築きながら、ゆっくり忍耐力をもって過酷な経験を聞き取り、深みあるアニメーションを交えて映像化。シンさん以外にも、元収容所の所長と秘密警察に働いた人物2人にも取材し、収容所の実態を浮き彫りにする。(取材/岸田智)
映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』は3月1日より渋谷ユーロスペースほかで全国公開