デビュー作で独アカデミー賞6冠!ドイツの超大型新人による『コーヒーをめぐる冒険』とは?
ドイツ人監督ヤン・オーレ・ゲルスターが、監督デビュー作にして2013年独アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、音楽賞の6冠に輝いた映画『コーヒーをめぐる冒険』を語った。本作は青年ニコのツイてない1日を追った作品。持ち合わせが足りなかったり、店仕舞いだったり、ニコはなかなかコーヒー1杯を飲むことができない。そのちょっとした不満足感と、さまざまな人々との出会いがハートウオーミングに描かれる。
インタビューが行われたのは映画祭開催中のベルリン。各国の映画関係者が行き来する中でもひときわ目を引く長身のゲルスター監督は、文字通り超大型新人だ。「身長は195センチあります。サッカーやテニス、ハンドボールもしましたが、バスケットボールをするべきでしたね」と気さくに明かす監督は、アルバイト、インターンを経てドイツ映画テレビ・アカデミーに入学し、卒業作品である本作で栄誉をつかんだ。同校は『東ベルリンから来た女』のクリスティアン・ペツォールト監督なども輩出している名門だ。
独アカデミー賞6冠については「僕自身が一番驚いています。もちろん、たくさんの方に観てもらいたいとは思いましたが、個人的で正直な映画を作ろうとしてできた作品です。もし賞を意識していたら、コーヒーを飲む姿を映すモノクロの映画は作らなかったでしょう」と笑った。
主演男優賞受賞のトム・シリングは子役から活躍するドイツのスター。トムとは友人でもあるというゲルスター監督は「トムはニコのように受動的ではないけれど、とても良い観察者というのは共通しています。友人関係にありながら一緒に仕事をするという不安もありましたが、うまくいきました」と満足げに語った。
モノクロ映像にジャズが雰囲気を出している本作の中でも、助演男優賞に輝いた名優ミヒャエル・グヴィスデクの登場シーンは印象的だ。ミヒャエルは、バーでニコに話し掛ける老人役で、その思い出話にはユダヤ人迫害の悲しい歴史である「水晶の夜事件」も出てくる。
ゲルスター監督は「大事なのは、日常生活に即した映画を作るということです。歴史は日常生活の一部ですから」と説明し、「彼は外国で暮らしたことのある老人という設定ですが、そういう人にとってのアイデンティティーというものを考えました。ニコ、また全体を通して見ても、本作はアイデンティティーについての映画にもなっています」と付け加えた。ベルリンの香りを色濃く漂わせつつ各国で受け入れられた一因は、そのテーマともいえそうだ。(取材・文:山口ゆかり / Yukari Yamaguchi)
映画『コーヒーをめぐる冒険』は3月1日よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開