役所広司、堀北真希、原田美枝子が信頼を寄せた黒澤明監督直伝の映画作り
葉室麟の同名の直木賞受賞作を映画化した『蜩ノ記(ひぐらしのき)』で、切腹という非情な運命を受け入れる武士の戸田秋谷を演じた役所広司と、妻の織江にふんした原田美枝子、娘・薫役の堀北真希が、黒澤明監督のDNAを受け継ぐ『雨あがる』などの小泉堯史監督のもとで、どのようにして「武士の家族」を演じたのかを語った。
映画を観た誰もが、最初に、秋谷の監視を命じられた岡田准一の演じる青年武士・檀野庄三郎と同じように「なぜ、彼は死に脅えないのだろう?」という疑問を抱くに違いない。それについては役所も「とても3年後に腹を切って死ぬ人間には見えないですね」としながら、「藩の歴史をうそ偽りなく書き写す“家譜”の仕事が、死の恐怖を忘れさせたんじゃないでしょうか。城勤めをしていたら家族とも生活できなかったと思うし、ある意味幸せな時間だったのかもしれません」と分析する。
そんな秋谷をめぐる武士の家族を如実に表現しているのが食事のシーンだが、それを完璧なものにするために役所と堀北は小笠原流の作法を習った。「ご飯を食べて、次にお吸い物に行くんですけど、そのときにお箸をクルっと回して持ち替えるんです」と役所が言うと、堀北も「おかずを口に運ぶときもお箸がお膳の上を通っちゃいけなくて」と苦笑い。さらにその作法を掘北に教わった原田の「そのことで頭がいっぱいになって大変でした(笑)」という言葉が苦労を忍ばせる。
だが、そうした細かな所作にもこだわる黒澤明監督直伝のやり方こそが、説得力のある武士の家族を作り上げたのだ。「準備に時間をかけ、俳優がその時代の人間に近づくための最高のロケ地を用意してくれるんです」と役所が言えば、堀北は「でも、撮影はシーンの最初から最後まで一気に撮って、だいたい1テイクで終わるんです。その分、その1回のお芝居に懸ける集中力はすごかったですね」と驚きの表情を見せる。さらに『雨あがる』に続いて2度目の小泉作品となった原田も「小泉さんは役者の芝居をちゃんと受け止めてくれる」と信頼を寄せる。この信頼関係と伝統的な映画作りが、武士の家族をめぐる師弟愛、夫婦愛を確かに伝え、観る者の胸に深い感動を呼び起こすのだ。(取材・文:イソガイマサト)
映画『蜩ノ記(ひぐらしのき)』は10月4日より全国公開