第10回-日本映画の再生のために-私たちの税金が映画界でどのように使われているのか-(後篇)
映画で何ができるのか
私たちの税金が映画界でどのように使用され、どのような功績を果たしてきたのかを検証する「日本映画の再生のために」後篇です。平成15年(2003年)から日本映画界の振興に尽力してきた前文化庁文化部芸術文化課主任芸術文化調査官(映画・映像担当)の佐伯知紀氏と、同文化部芸術文化課支援推進室室長補佐の猿渡(えんど)毅氏に素朴な疑問をぶつけながら、時代に対応した助成の在り方について考えてみました。(取材・文:中山治美)
--いま政府が行っている文化の海外発信政策と言えばクールジャパンがありますが、あちらは経済通産省(以下、経産省)。しかし是枝裕和監督『そして父になる』がカンヌ国際映画祭に参加した際には、経産省と総務省が連携して実施している「ジャパン・コンテンツ ローカライズ&プロモーション助成金」(以下、J-LOP)がレセプションなどのプロモーション費用を支援しています。文化庁と他省の事業がかぶっているように思うのですが、連携は取れているのでしょうか?
佐伯「J-LOPが平成25年(2013年)3月から公募を始めたのに伴い、それまで、文化庁が公益財団法人ユニジャパンに委託している海外映画祭出品支援の対象だったプロモーション費用は除外しました」
--でもそれって、映画を商品と捉えて一般企業に当てはめれば、営業活動に必要な経費に該当するものですよね。それを国が助成するということに疑問も感じます。
佐伯「それも、一方では理解出来ます。今後、議論をする機会があったら、その都度、個別に考慮すれば良いと思います」
--また経産省との関連で言えば、東京国際映画祭の主催は公益財団法人ユニジャパンですが、共産共催に経済産業省(マーケット部門)、そして文化庁は支援という立場になっています。その国を代表する国際映画祭では大概文化庁に当たる部門が率先して開催しているのですが、ここも違和感を抱くところです。
佐伯「それは日本の映画界の成り立ちに関わることです。始まりは昭和20年代の戦後。映画=産業であって、昭和28年(1953年)に設立された一般社団法人映画産業団体連合会の会長が、業界トップの象徴的地位にある(現会長は松竹株式会社代表取締役会長の大谷信義氏)。文部省の外局として、文化の振興や保護を目的とした文化庁が設置されたのが昭和43年(1968年)ですから、その前まで補助なんてなかったわけです。つまり、この国の文化の在り方が今に続いていると考えなければなりません」
--最近は国際共同製作映画の支援も積極的に行っています。こちらは前篇で取り上げた独立行政法人日本芸術文化振興会が行っている映画製作支援助成よりも条件がよく、劇映画&アニメーション共々対象作品は製作費1億円以上ですが、補助額は5分の1以内で最高限度額5,000万円。フランスと共同製作された河瀬直美監督『あん』(5月30日公開)や、同じく日・仏合作の小栗康平監督『FOUJITA』(今秋公開)が採択されています。ただ、日本が合作協定を結んでいるのはカナダのみです。協定を結べば、両国の助成を効率よく活用できたり、税金面の優遇、さらには中韓合作協定では、中国においては「中国映画」としてみなされ輸入映画制限の適用外となります。日本も、支援を実施する前に、法整備の方が先決ではないかと思います。これこそ、文化庁や経産省をさらに超えた省庁で実現に動かなければならない問題ですが。
佐伯「それでも、それぞれの役所で考慮し、かなりグレーゾーンのところで対応出来るようになったとは思います。国際共同製作の支援のスキームは経産省との連携の成果ですから。ただ、それらを総合的に管轄する機関場所が日本にはないのです。韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)やフランスのCNC(フランス国立映画センター)のような映画映像分野に特化した政府出資の半官半民組織の中で、ビジネスから、国際発信、人材育成、アーカイブまで分野全般を見る組織があればいいのでしょうけど。現行の役所の縦割り行政では厳しいでしょう」
--日本映画好調の裏側で、業界内部での格差はさらに広がり、様々なひずみが露出しているわけですが、この状況を政府レベルで考えていただくにはどのようにしたらいいのでしょうか?
佐伯「個人レベルの要望ではなく、ある組織なり団体なりの総意であるならばお話は聞けると思いますよ。受け付けます」
--映画界の総意……ですか。なかなかまとまるのは難しそうですね。日本映画監督協会の課題は目下、昭和46年(1971年)に改正された「映画の著作権は映画製作会社に帰属する」という著作権法を、監督が権利を所有することを求めて著作権法改正運動を行っています。一方、ミニシアターや公共上映団体などで構成される「一般社団法人コミュニティシネマ」が主催し、昨年10月に開催された全国コミュニティシネマ会議に参加したところ、人件費人権費への支援が議題にあがっていました。一方、若手の自主映画監督たちは製作費への助成を求める声をよく聞きます。各団体、急務とする課題は様々だと実感しています。
もっとも平成15年(2003年)4月に発表された日本映画再生計画「これからの日本映画の振興について~日本映画の再生のために~(提言)」では、掲げられた12本の施策の一つに「いろいろな映画がもっと上映されるように」という項目も掲げられています。だとすれば、全国のミニシアターへの支援も重要だと思うのですが、実際はシネコンが増えスクリーン数は平成25年度(2013年)の3318スクリーンから平成26年度(2014年)は3364スクリーンと増えていますが、通常映画館だけみると平成25年度の487スクリーンから平成26年度は453スクリーンと減少しています(一般社団法人日本映画製作者連盟調べ)。文化庁では「劇場・音楽堂等活性化事業」と称して助成を行っていますが、映画館も文化発信基地と捉えて何らかの助成をするのは難しいのでしょうか?
佐伯「映画館の経営を直接応援するのは、難しいですね。文化庁ですから。しかし独立行政法人日本芸術文化振興会を通して、国内映画祭や日本映画の上映状活動に対して助成をしています。また全国コミュニティシネマ会議を開催している(一般社団法人)コミュニティシネマセンターに対しても、文化庁の『次代の文化を創造する新進芸術家育成事業』のなかでとして支援しています。地方のミニシアターというか映画館に関しては、デジタル化という映像文明の大変動が起こっている中、その変動変化に対応出来ないところが閉館となる。でもこれは、大型スーパーの進出で地元の小さな商店が閉店せざるを得なかったのと同じ構造です。むしろ、地域振興、たとえば商店街活性化の一環として支援を受ける方が適切かと思います。映画界全体としては、スクリーン数が減ったというワケではないし」
猿渡「厳しい言い方をしますが、大多数の映画を見る人にとっては影響のない問題です。たぶん、観賞の形態が変わってきたということですよね。その変化に対して、税金をどう投入するかとなると難しい問題だと思います」
--では、映画界全体の総意は難しいとして、各団体なり集団で意見を文化庁に届ける為には、具体的にはどのようにしたらいいのでしょうか?
猿渡「例年、遅くとも4月か5月までに意見をまとめていただければ、次年度の議論の対象となる余地はあるかも?という感じですね。ただし新たな助成に関することは、文化庁の予算というのは例年ほぼ決まってますので、代わりにどこかを削らなければならなくなる。果たして、その助成を削っていいのかという議論から始めなければなりません」
--長い道程となりそうですね(苦笑)。平成27年度の方針についてお聞かせ下さい。
佐伯「平成26年度と変わらずです。大きくは、映画のみならず広くメディア芸術の振興に努めます。また昨年はベトナム・ホーチミンで開催しましたが、今年も日本文化への理解を深めてもらう為に、インドネシアで「アジアにおける日本映画特集上映事業」を行う予定です」。
【取材を終えて】
今回の取材で触れた文化庁の助成事業は、ほんの一部である。筆者自身、助成の審査に携わっていることもあり、イベントなどがあると主催や協賛先を気にするようになったが、それでも毎年また新たな事業が誕生し、かつ、今回の記事執筆にも四苦八苦したのだが、委託団体が多数あって似たような内容なのに小難しくてやたら長い事業名なので混乱しきり。一般の方なら尚更だろう。要は、よく日本は諸外国に比べて映画に対する助成が少ないと批判されるが、決してそうではないということだ。ただそのお金が、映画業界内での格差が激しくなった今、適材適所で活用されているかは別問題。観客である一般の方も含めて、映画という文化をいかに育んでいくかを広く議論・検証する場の必要性を感じる。
そして助成を受ける映画人の方も、この制度は日本映画斜陽時代に危機感を抱いて立ち上がった先達たちによって構築されたものであるということ。そしてお金は国からではなく、市井の人たちの税金なのであるという認識を忘れてはならないと思うのだ。
●J-LOP
http://j-lop.jp/jhome/
●ユニジャパン
http://unijapan.org
●コミュニティシネマセンター
http://jc3.jp
●一般社団法人 映画産業団体連合会
http://www.eidanren.com
●国際共同製作映画支援
http://www.bunka.go.jp/geijutsu_bunka/03eiga_sien/shien02.html
●全国スクリーン数
http://www.eiren.org/toukei/screen.html