コメディータッチの家族ドラマに、核心を突くような人生観『お早よう』(1959)
小津安二郎名画館
1959年に日本芸術院賞を受賞した小津安二郎監督が「芸術院賞を貰ったからマジメな映画を作ったといわれるのもシャクだから… 」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)と気楽に笑える作品として作られたという『お早よう』(1959)。子供たちの間で奇妙な遊びがはやり、主婦たちがうわさ話に花を咲かせる土手沿いの住宅地。子供たちを中心に描いた伸び伸びとしたコメディータッチの家族ドラマの中に、核心を突くような人生観を忍ばせた作品。
何かとうわさの絶えない住宅街、キャバレーに勤めていたといわれる 丸山夫妻の家にはテレビがあった。近所の評判は悪いが子供たちは丸山家で相撲観戦するのを楽しみにしていた。しかし、母・民子(三宅邦子)に丸山家への出入りをとがめられた実(設楽幸嗣)と勇(島津雅彦)の兄弟はテレビをねだるものの相手にされず、ふてくされてストライキを敢行することに……。
完成されたステレオタイプのイメージでありながら、今はもう現実に見ることができない「家族」や「ご近所」を描いた作品。子供の視点を軸にさまざまな人間模様をフラットに表現した本作は、全編にわたってコメディータッチを貫徹しておきながら、演技と演出の両面において緻密な人格設定がなされている。また発色の鮮やかなカラーフィルムによって撮影された澄み渡るような青空と土手の風景は、本作の平和で明るい雰囲気に一役買っている。
子役の扱いにたけた小津安二郎監督は『突貫小僧』(1929)、『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』(1932)などで子役をメインに据えた作品を手掛けた。そのほかにも家族を描いた小津の作品には、子役の起用が積極的に行われている。設楽は『お茶漬の味』(1952)と『秋日和』(1960)にも出演。『秋日和』では島津と再び共演している。
主軸となるテレビにまつわる物語のほか、平一郎(佐田啓二)と節子(久我美子)の平行線のままの関係や婦人会の会費の行方、押し売りの来訪といったサブプロットの豊富な本作は、どの人物にフォーカスしても、ほかの事件と結び付くような柔軟性を持っている。その中でも押し売り(殿山泰司)と原口家の祖母・みつ江(三好栄子)とのやりとりは、せりふの秀逸さよりも身振りの面白さが目立って記憶に残るシーンだ。
実と勇はテレビを執拗(しつよう)に催促した揚げ句に、父・林敬太郎(笠智衆)に怒鳴りつけられてしまう。「余計なことを喋るんじゃない 」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)と叱られてダンマリを決め込む兄弟。彼らは反論する「だったら、大人だって余計なこといってるじゃないか。コンチハ、オハヨウ、コンバンハ…… 」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)。大人と子供の価値観のすれ違いの中で、互いに妥協点を見いだしていく本作は、余計なことが余計じゃない、止まった画面の中に存在するあらゆる事物に価値を見いだした小津作品の特徴そのものをテーマとしているかのようだ。
(編集部・那須本康)