『野火』塚本晋也監督、ロンドンで安保法案可決にコメント「何とかストップをかけたい」
現地時間25日、ロンドンで開催中の第23回レインダンス映画祭で『野火』のイギリスプレミアが行われ、塚本晋也監督が登壇した。上映後、最初の質問は参議院で可決されて間もない安全保障関連法についてだった。
本作は大岡昇平の同名小説を原作に、第2次世界大戦フィリピン戦線で飢餓状態に陥った日本兵を描くもの。それに対して、まずは司会者から「まさに日本で下されたばかりの、海外派兵を認可するというこの70年間で初となる決定について、このような非常に反戦的な映画を日本で公開した監督はどう思われますか?」という質問が出た。
本作のため10年前に戦争体験者へのインタビューを始めたという塚本監督は、「3年くらい前から日本が戦争に向かっているのははっきりしていたので、映画ができるのが先か、法案が先か、追いかけっこのように作り始めました。決まってしまったのは残念ですが、まだ諦めないで、廃案にしようという動きもありますので、何とかストップをかけたいと思っています」と穏やかな口調ながらきっぱり答えた。
原作となった小説はすでに市川崑監督により映画化されている。それについて塚本監督は「市川監督は大尊敬しています。ですが『野火』については完全に原作からで、原作に描かれた美しい自然とドロドロの人間の対比を描きたかった。日本で人間に寄って撮影した市川監督作と、自然の風景が欠かせないためフィリピンで撮った自作とは、その入り口のところがだいぶ違いますね」とインスピレーションは原作からという。
製作がこの時期となったのは「何十年も前に作りたいと思ったときは、戦争が絶対悪というのは当たり前でした。その頃ならもっと普遍的なテーマの映画になるはずでしたが、日本の状況が全く変わってしまった。これ以上待っていたら、誰にも観てもらえなくなるのではという危機感と、そういう状況に映画をぶちあてたいという思いがありました」と予算が十分ではない状態で撮り始め、主演を自分が務めたのも予算の都合上と明かした。
これまで空想的な物語の中で暴力を描いてきた塚本監督としては異色作となったのは、「生きること死ぬことがある種バーチャルリアリティーのようにしか感じられない平和なときにはファンタジーのように描けたものが、実際に世の中が暴力に向かっているときにはファンタジーとは捉えられなくなるので、本当に嫌悪すべき恐ろしい暴力として描かなくてはいけなくなったという感じです」とここでも危機感をにじませた。
国際的なインディペンデント映画祭である本映画祭で、本作はイギリス以外からの作品を対象にしたベスト・インターナショナル・フューチャーにノミネートされている。日本からは同部門に石井岳龍監督の『ソレダケ/that's it』もノミネートされている。(取材・文:山口ゆかり / Yukari Yamaguchi)