橋口亮輔監督、淀川長治さんから贈られた大切な言葉「僕の財産です」
第28回東京国際映画祭
2008年の映画『ぐるりのこと。』以来、7年ぶりのオリジナル長編新作を発表した橋口亮輔監督が28日、新宿ピカデリーで行われた第28回東京国際映画祭「Japan Now」部門出品作『恋人たち』のQ&Aに来場、自身が励まされたという映画評論家の故・淀川長治さんからもらった大事な言葉について語った。
作家主義と俳優発掘を理念とした松竹ブロードキャスティングのプロジェクトとして制作された本作。平凡な暮らしの中で突如現れた男性に心が揺れ動く主婦、親友への思いを胸に秘める同性愛者で完璧主義のエリート弁護士、通り魔殺人事件で妻を失い、橋梁検査の仕事をしながら裁判のために奔走する男など、理不尽なことがまかり通る世の中で不器用に生きる3人の“恋人たち”を見つめた絶望と再生のドラマとなっている。
「Japan Now」部門のプログラミング・アドバイザーで、この日の司会を務めた安藤紘平氏は、かつて橋口監督のデビュー作『二十才の微熱 A TOUCH OF FEVER』を観た淀川さんが「あんたは(ルキノ・)ヴィスコンティや溝口健二と一緒で、他人のはらわたをつかんで描く人間」と言ったというエピソードを引き合いに出し、「これはまさに淀川さんに見せたい映画だと思いましたよ」と興奮した様子でコメント。
それを受けた橋口監督は、30歳の時に淀川さんと会った際、『二十才の微熱 A TOUCH OF FEVER』のファーストシーンが「まるで溝口健二の映画のようで、傑作だと思った」と言われたことを振り返る。しかし「でもその後が全然ダメ。なんでか分かる?」と続けた淀川さんは、映画のシーンの具体例を挙げて「あれもダメ。これもダメ」と徹底的に指摘し続けたという。
「そして散々怒られた後に、『あなたはらわたをつかんで描く人なの』と言われた」と振り返った橋口監督は、淀川さんからもらった「あんたは1回映画を選んだんだから最後まで映画をおやりなさい。あんたはやれる」という言葉を「僕の財産ですね」とかみしめる。「『ぐるりのこと。』の後にいろいろなことがあって。映画なんてバカらしくてやってられないなと思ったこともありました。でも先生が『あんたはやってくれる』とおっしゃってくれたんで『ああ、俺はやれるんだ』と思った」と淀川さんへの思いを吐露。その話を聞いていた安藤氏が「この映画ならダメ出しは少ないはず。素晴らしい映画でしたよね」と語ると、会場からは万雷の拍手がわき起こった。(取材・文:壬生智裕)
映画『恋人たち』は11月14日よりテアトル新宿ほか全国公開