宮崎駿の映画初監督作『カリオストロの城』が名作な理由
コラム
1月19日、日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」で放送される宮崎駿の映画初監督作『ルパン三世 カリオストロの城』(以下『カリ城』と表記)。今回で16回目の地上波放送だが、過去6回20%以上の視聴率を獲得しているこの作品の魅力は、どこにあるのだろうか?(文:金澤誠)
『カリ城』が公開されたのは1979年12月15日。今や世界的にも評価が高い作品だが、公開時の配給収入は3億500万円で、決してヒット作とは言えなかった。だがアニメファン、映画ファンの間で公開後にその面白さが口コミで広がっていった。
アニメ雑誌「アニメージュ」が開催した、読者のファン投票による“アニメグランプリ”歴代ベストワン作品部門では1982年から1984年には第1位を獲得。また首都圏の情報誌「ぴあ」が開催した、“もあテン”(もう一度見たい過去の作品ベストテン)では、実写を含めたすべての映画の中で1980年と1981年に第8位、1982年と1983年に第6位、そして1984年には第1位、1985年に第2位と輝いている。
こういうファンの『カリ城』への後押しが、1984年に公開された『風の谷のナウシカ』のヒットにつながったのは言うまでもない。宮崎駿監督は1978年のテレビアニメ「未来少年コナン」で演出家としてデビューしたが、彼の名前を広く認知させたのは『カリ城』だった。
『カリ城』は完成度の高い偽札作りによって、長年世界経済に影響を与えてきたカリオストロ公国を舞台に、怪盗ルパン三世とその一味が、国の実権を握るカリオストロ伯爵から政略結婚を迫られている亡き大公の娘・クラリスを守って活躍する冒険活劇。宮崎監督はヒーローが悪の手から姫君を救うというその古典的なストーリーと、現代的なディテールをかみ合わせて独自の作品を作り上げた。
国営カジノの金を盗んでルパンと相棒の次元が逃げる冒頭、ルパンが悪漢からクラリスを救おうとするカーチェイス、クラリスが幽閉された塔に遠く離れた屋根から飛び移るルパンの空中浮遊など、アクションシーンが満載。しかもスピーディーでありながらも漫画的なリアリティーに溢れていて、例えば塔に飛び移るとき、ルパンは自分がいる屋根から塔までワイヤーを張るためのロケットを発射しようとするが、ロケットに火をつけようした100円ライターの火がつかない。必死に火をつけようとするうちにロケットが屋根を転がっていって、それを拾おうとしたルパンは屋根を猛スピードで走り下りる力を利用して、塔までジャンプする。つまり宮崎監督は、あくまで生身の人間として出来ることを駆使して、コミカルなアクションを作っているのだ。
また100円ライターもそうだが、カリオストロ伯爵の城を見張るルパンが食べるカップのきつねうどん、ルパン逮捕のために城に来た銭形警部が食べるカップラーメンなど、ヨーロッパ貴族の豪華な生活をしている伯爵と、ルパンたちの日本の庶民的な生活との対比が、身近な共感を呼んだ。ルパンや銭形は、アニメーションのキャラクターでありながら、その中身は日本の“おじさん”に近い。
ここでのルパンは年齢設定が30代半ばと言われたが、それは製作当時38歳の宮崎監督と重なるものがある。劇中、ルパンはクラリスから“おじさま”と呼ばれるが、このおじさんとしてのディテールを描き込むことによって、年上の男性が少女のヒロインに向ける優しさが作品全体から浮かび上がることになった。先にヒーローが悪漢から姫を救う古典的物語と言ったが、多くの場合のヒーローはヒロインと同世代の王子様だ。だが『カリ城』はルパンをおじさんにすることで、その関係性を男女の愛ではなく、包容力のある男性と守られる少女の人間愛に変えたところに、幅広い世代に支持された要因があるのだろう。
さらにクラリスはけなげで一途、か弱いお姫様のように見えながら、ルパンを救うためには勇気ある行動も見せる。そのヒロイン像は『風の谷のナウシカ』のナウシカや、『天空の城ラピュタ』のシータにも受け継がれていったが、見た目やナウシカも担当した島本須美の声も含めて、宮崎ヒロインの一つの原形がクラリスの中にはある。そのオリジナルとしても魅力も、今だに人気の高い秘密である。
もう一つ言えば、これは宮崎監督が東映動画時代から培ってきた表現の集大成であることも見逃せない。伯爵の衛士隊と銭形率いる機動隊がぶつかり合って人があふれ返るモブシーンは、宮崎駿がアイデア・構成・原画を担当した1971年の『どうぶつ宝島』の海賊船同士の戦いを彷彿とさせるし、ルパンとクラリスが時計塔で伯爵に追い詰められる場面は、原画を担当した1969年の『長靴をはいた猫』で主人公のピエールとローザ姫が魔王ルシファに、城の中で追いかけられていく場面をイメージさせる。当時の宮崎監督が持っている手の内をすべてさらけ出して活劇の面白さを追求した『カリ城』。その作り手の熱が全編から伝わってくる、時を越えた名編である。