井浦新が演じた実在の人物たち 恩師・若松孝二描く新作が今週末公開
俳優の井浦新が、師匠である故・若松孝二監督の若かりし日を演じる映画『止められるか、俺たちを』が、今週末13日より公開される。井浦はこれまでにも度々実在の人物にふんしており、今年公開された『菊とギロチン』ではアナキストの村木源次郎、『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』では外交官・千葉一夫にふんしている。
【動画】井浦新、師匠・若松監督を熱演『止められるか、俺たちを』予告編
新作『止められるか、俺たちを』は、21歳で若松プロダクションの門を叩き助監督となった吉積めぐみ(門脇麦)を通し、33歳の若松監督とその仲間たちのきらめきを描く青春群像劇。かつて若松プロに所属していた白石和彌監督がメガホンを取った。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』(2007)、『キャタピラー』(2010)、『海燕ホテル・ブルー』(2011)、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012)、『千年の愉楽』(2012)など晩年の若松作品の常連だった井浦は、芸名をARATAから現在に改名するきっかけになったほど、若松監督から強い影響を受けた。
なかでも、若松監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』では、丸刈りで新左翼活動家、元連合赤軍の坂口弘にふんし話題に。『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』では晩年期の小説家・三島由紀夫を熱演し、第22回日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞、第8回大阪アジアン映画祭主演男優賞などを受賞した。
しかし、その若松監督を自ら演じることには複雑な思いがあったようで、「若松プロが再始動すると聞いて、白石監督が、『若松監督役は井浦新しか考えていない』と言っていたと聞いたけど、正直最初は嫌でした。育ててくれた恩師の顔に泥を塗るような行為になるんじゃないか。恩をあだで返すことになるんじゃないかと思ったから」と8月26日の映画PRイベントで告白。「でも白石監督が走り始めた時に、他の役者が演じたものは観られなくなるだろうし。こうなったら僕らがあっちに行った時に、若松監督から怒られるネタを作ろうと。そういう思いでやりました」と決意するまでの経緯を述べていた。劇中では、大の呑み好きで、時に破天荒な言動で周囲をドギマギさせながら、映画作りに情熱を燃やす血気盛んな若松像を体現している。
『菊とギロチン』は、『64-ロクヨン-』前後編、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』などの瀬々敬久監督が、大正末期、関東大震災直後の日本を舞台に、自由を渇望した若者たちを描いた青春劇。かつて実際に日本全国で興行されていた女相撲の一座と、実在したアナキストグループ・ギロチン社の面々が出会ったら? という「もしも」の世界が展開する。井浦は、大正期を代表するアナキスト・大杉栄の信奉者で、35歳の若さで他界した村木源次郎に。出演シーンは多くないが、東出昌大演じる中濱鐵、寛一郎演じる古田大次郎らギロチン社の青年たちと共闘する役どころで、どっしりした存在感を放っていた。ちなみに、東出も井浦もモデル出身だけに、高身長の2人が並ぶと壮観。
1972年に実現した沖縄返還の裏側を描くNHKドラマを再編集した映画『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』では、アメリカ政府と交渉を重ね、沖縄返還に尽力した外交官・千葉一夫に。井浦は外交官役とあって英会話のシーンが多く、イギリス英語を猛特訓して臨んだという。“敵”を自宅に招いて歓待したかと思えば、一歩も引かず、粘り強く日本側の要求を通そうとする。プロフェッショナルにして人間味あふれる姿が印象的だ。
そのほか、実話を題材にした出演作に、小林弘忠のノンフィクション小説「逃亡ー「油山事件」戦犯告白録」に基づくNHKの単発ドラマ「最後の戦犯」(2008)、南京事件を描く『ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~』(2009・日本劇場未公開)などがある。『ジョン・ラーベ』には、『善き人のためのソナタ』(2006)などで知られるドイツの名優ウルリッヒ・トゥクール、スティーブ・ブシェミ、香川照之、杉本哲太、柄本明ら国際色豊かなキャストが集結し、井浦とダニエル・ブリュールとの共演シーンも観られる。(編集部・石井百合子)