再開発のシモキタの街づくりを映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』から考える
フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』を通して、東京・下北沢の再開発問題を考えるトークイベントが都内で開催された。パネリストには保坂展人世田谷区長、ミュージシャンの坂田明、ロフトプロジェクト代表・平野悠、タレントの松尾貴史、SHIMOKITA VOICE実行委員長・河野義家、下北沢商業者協議会代表・大木雄高が登壇し、会場には約80人の区民が詰め掛けた。
主催は、市民団体SHIMOKITA VOICE実行委員会。同委員会は、都市計画道路事業を契機とした駅周辺の開発に異議を唱えるべく2007年より、映画やライブといった文化を通して街づくりを考えるイベントを開催してきた。多様な人種が暮らすアメリカ・ニューヨークのクイーンズ区のジャクソンハイツにカメラを向けた本作が、同様に都市が抱える問題を映し出していることから、改めて、より良き街の在り方を議論すべく企画された。
大木は「昔、ブルックリンのタバコ店を舞台にした『スモーク』という映画があったけど、その頃と今は変わり、マンハッタンはどんどん値上げされてグリニッジ・ヴィレッジもソーホーもスタイリッシュな街に。そこから押し出された人がブルックリンへ移り、そこが高級化されると今度はクイーンズのジャクソンハイツへと人が流れた。ところてんのように人が押し出されている」と指摘した。
すると、新宿の再開発でライブハウス「新宿ロフト」を歌舞伎町に移転させた経験を持つ平野が「ウチは店が移ったらもうかり始めた。うまくやればいいんじゃない? やり方の問題では?」と語れば、坂田も「面白いところが栄え、栄えると家賃が上がる。そういう資本主義の仕組みは防ぎようがない。映画を観て、どうにもならんな、という印象を持ってます」と正直な感想を語り、会場の笑いを誘った。
映画は、サッカーW杯ブラジル大会で沸く2014年に約9週間に渡って撮影されたもの。82番通りでBID(経済発展特区)と呼ばれる再開発プロジェクトが進行し、家賃の高騰や契約更新拒否などで小規模業者が相次いで閉店に追い込まれ、変わって大手チェーン店が進出している様子がうかがえた。その後、ドナルド・トランプ大統領が就任して移民政策を強硬したのは周知の通り。167言語が飛び交うというこの街の住民は戦々恐々としているに違いない。
この日はその後の状況を説明すべく、映画にも登場するダニエル・ドロム市議がビデオメッセージを寄せた。それによると住民の反対により82番通り自体の開発は阻止することはできたが、人気の高さから地価が高騰し、移住者の階層が入れ替わるジェントリフィケーションの流れは止められないようだ。だが引き続き小規模事業者を守るべく、市民団体と協力して経営ノウハウの教育などのサポートを行っているという。
ジェントリフィケーションについては著書「〈暮らしやすさ〉の都市戦略 ポートランドと世田谷をつなぐ」(岩波書店)を出版し、今夏もアメリカ・ポートランドへ赴いたという保坂区長も、現地でたびたび話題に上った言葉だという。大木によるとシモキタも都市計画道路事業決定による緩和規制で60mの建物が建築可能となった2006年あたりから家賃の値上げが始まったそうで、チェーン店の進出が増えたという。
また最近は外国人観光客も増えたそうで、シモキタでカレー店を営む松尾からは、インバウンド効果を受けている大阪・黒門市場を例に出しながら、「人が集まるのが誇らしい反面、もともとの情緒が毀損(きそん)されて味気ない街になるのではないかという不安もある。シモキタもそうなりかねない危険をはらんでおり、街は変容していくものだけど魅力が損なわれないようにしたい」と愛着ある街への思いを語った。
シモキタの再開発については、地元住民が再開発計画の見直しを求めて都などを提訴した訴訟が2016年に和解となったが、小田急線の地下化に伴う駅前広場や線路跡地の整備など再開発自体は進行中。ただし和解をきっかけに行政と市民が一緒になって街づくりを考える「北沢デザイン会議」や「北沢PR戦略会議」が発足され、意見交換が盛んに行われているという。
保坂区長は「何かが決まってしまったとか、終わってしまったではなく、もう一回街を作り直すためにシモキタは今、動いている。良い風に変わっていけたら」と語り、自由参加である会議への出席を会場の区民に呼びかけた。河野実行委員長も「僕自身、最初にシモキタに来た時のときめきは失ってない。駅前がどうなろうと、シモキタの魅力をどう残したら良いかを考え続けたい」と語り、今後も声を発していくことを誓った。(取材・文:中山治美)
『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』は10月20日よりシアター・イメージフォーラムほか順次全国公開