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『ダークナイト』ヒース・レジャーのジョーカーは何がすごかったのか…!

映画史に残る名演! ヒース・レジャーが演じたジョーカー
映画史に残る名演! ヒース・レジャーが演じたジョーカー - Warner Bros. / Photofest / ゲッティ イメージズ

 悪役に魅了されるーー。これは人間の隠れた本能でもあるし、映画に登場してきた悪役が思わぬ人気を集めたこともあった。しかしこれほどまでに強烈に、心をざわめかせたキャラクターは、いないのではないか。2008年の『ダークナイト』におけるヒース・レジャーのジョーカーは、映画史の「伝説」として語り継がれることになった。(文・斉藤博昭)

【画像】得体の知れない狂気!ヒース・レジャー版ジョーカー

 ヒース・レジャーは、このジョーカー役で第81回アカデミー賞助演男優賞を受賞する。それまでも恐るべき悪役がオスカーを獲得するケースは、意外に多かった。『羊たちの沈黙』のアンソニー・ホプキンス、『ミザリー』のキャシー・ベイツ……。その行為や表情が強烈であればあるほど、熱演と受け止められやすい。しかしヒースのジョーカーの場合は、そのような単純な論理には当てはまらない。アメコミ映画のキャラクターで異例の受賞を果たしたことに加え、その演技に彼自身の人生の壮絶な最期が重なってしまったからである。

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 ヒース・レジャーが急性薬物中毒で急死したのが、2008年1月22日(享年28歳)。『ダークナイト』の全米公開が同年の7月18日(日本は8月9日)なので、すでに公開前にその演技は「伝説化」されていた。徹底して役づくりにのめり込んだため、不眠症となり、死の要因も作ったという説もささやかれたからだ。

 それまでのジョーカーといえば、ティム・バートン監督の『バットマン』(1989)におけるジャック・ニコルソンがあまりに有名で、コミックから抜け出したような、カリカチュア(誇張)が魅力のキャラクターとして定着していた。アメコミの悪役らしいと言えば「らしい」。しかしヒースのジョーカーは、ニコルソンのイメージを徹底的に排除することから始まる。

 『ダークナイト』では冒頭の銀行強盗のシーンで、マスクを外した瞬間の不気味な「笑み」で、観る者すべてを不安な気分に陥らせる。一切、共感を拒絶するような不気味さ、不敵さをここまで極めた笑みを、人間はするのだろうか? 人の心をとらえる悪役というものは、どこかに共感できる部分もあったりするが、『ダークナイト』におけるジョーカーは、過去の悲劇を口にするものの、感情移入できる余地がほとんどない。悪であることを楽しみ、「銃よりナイフを使いたい。死んでいく感覚を味わってほしいから」などと、ひたすら極悪非道を貫く。目的を達成することにはあまり興味はなく、その残虐な行為自体を楽しんでいる。

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 この徹底した悪に説得力をもたせているのが、ヒース・レジャーの演技への魂、およびテクニックである。ボコボコに殴られながらも相手を挑発し続け、やがて独特の話術でマウンティングのごとく優位に立ってしまう。このセリフ回しの巧みさに、ヒースの才能が冴えわたる。奇怪な笑い声の効果も心得ており、そのポイントも見事だ。そして、手を中心とした怪しげな肉体の動き。これに関しては、『ブラザーズ・グリム』でヒースを起用し、『Dr.パルナサスの鏡』では彼の主役で撮影していた(結局、ヒースの死で中断)テリー・ギリアム監督が「ヒースの普段からの独特の手振り身振りを役に取り入れた」と語っていたように、ジョーカーの怪しげな動きにも、ヒースのアイデアが使われたと考えられる。完全に役に憑依していたのだろう。

 ホアキン・フェニックスの『ジョーカー』とは違って、おもにメイクアップ姿で登場する『ダークナイト』のジョーカーだが、そのメイクが崩れる状態ではより不気味さを増し、しかもヒース・レジャーの顔の演技が細部まで観察できることで、さらなるリアルな狂気をもたらす。『ダークナイト』全体の長さを考えると、ジョーカーの登場シーンは意外に多くないのだが、その狂気は、つねに幻影のように全編を支配していくのだ。

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 実生活では「あがり症」であることを告白し、実際にマスコミの取材なども苦手だったというヒース・レジャー。ある作品のインタビューの際、いわゆる貧乏揺すりが止まらなかった彼の落ち着きない状態は、今でも忘れられない。ややぎこちない受け答えの合間に、姉妹と母の頭文字を刻んだ手首のタトゥーを照れくさそうに見せてくれたヒース。そのシャイな素顔と、ジョーカー役のギャップに、演技者としての「選ばれた才能」を実感した。

 ヒースがもし生きていたら……などと考えることは、ただただ虚しい。しかし同時に、一人の俳優が人生のすべてを懸けた演技を、われわれは『ダークナイト』で目にすることができる。それは映画ファンにとっても大きな喜びだ。永遠に人々の心に残る演技は、俳優にとって一生の夢だろう。その夢だけは、ヒースは叶えたのである。

映画『ダークナイト』は全国のIMAX / 4D劇場にて上映中(一部劇場を除く)

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