チャドウィック・ボーズマン、永遠に語り継がれる「伝説」の演技
その喪失に、悲しみの広がりが止まらない……。8月28日(現地時間)、『ブラックパンサー』の主演、チャドウィック・ボーズマンが43歳で亡くなった。今から4年前にステージ3の大腸ガンと診断され、そこから闘病生活を続けながら『アベンジャーズ』シリーズなどを撮影。彼が映画界に残した功績を、出演作とともに振り返る。(斉藤博昭)
米サウスカロライナ出身のチャドウィック・ボーズマンは、ワシントンD.C.のハワード大学に入学。イギリスのオックスフォード大のブリティッシュ・アメリカン・ドラマ・アカデミーで演技を学び、2008年頃、映画俳優として活躍する夢を果たすため、ロサンゼルスへ移り住んだ。いくつかの小さい役を経て、2013年、主演に抜擢された『42 ~世界を変えた男~』が、文字どおりチャドウィックの人生を大きく変えたのである。
演じたジャッキー・ロビンソンは、1947年、アフリカ系アメリカ人(黒人)として初のメジャーリーガーとなった選手。まさに黒人にとっては「レジェンド」である。白人オンリーだったメジャーリーグに才能を買われ、加入するロビンソンを、こちらもまだ映画界では名の知られていないチャドウィックが演じることで、未知の世界に入り、とまどいながらも苦闘する姿が、じつにリアルだった。チャドウィックの演技は、ストレート。黒人であるがゆえにチームメイトやファンからも反感をもたれ、それでも自らの意思を貫き、やがて周囲から理解される過程は、この真っ直ぐな演技がじつに効果的だった。幼い頃から運動神経が抜群だったチャドウィックは、数週間の野球のトレーニングを経て、いくつかのカットはスタンドダブルに任せつつ、メジャーリーガーらしい動きを見せている。
ジャッキー・ロビンソン役で一気に注目を浴びた後、チャドウィックを待っていたのは、またしてもレジェンドの役だった。『ジェームス・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男~』である。「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」として、マイケル・ジャクソンやプリンスにも多大な影響を与えたシンガーは、あの過剰なステージパフォーマンスが有名で、チャドウィック本人も「この役の恐怖の60%は、ダンス」と語っている。ステージ上の動きは、一切、吹き替えナシ。たとえばフレディ・マーキュリー役のラミ・マレックと比べると、チャドウィックとジェームス・ブラウンの外見はそれほどそっくりではない。しかし独特の言葉のアクセントを完璧にマスターし、「似ていないのに、その人がそこにいる」というマジックを叶えたのである。スターになる以前の若い時代に共感させる演技も鮮やかだった。
黒人のレジェンドという点では、『マーシャル 法廷を変えた男』で、黒人初のアメリカ合衆国最高裁判所の判事に任命されたサーグッド・マーシャルを演じたのも、チャドウィックだった。人種差別によって不当に告訴された人々を救おうとする弁護士時代の苦闘は、現在の「Black Lives Matter」運動と重ねずにはいられない。ここまで黒人の英雄を演じ続けたのは、演技の才能はもちろんだが、どこか「宿命」を感じずにはいられない。
マーベル・シネマティック・ユニバースで、初の黒人ヒーロー単独映画となった『ブラックパンサー』を任されたのも、宿命だったのだろう。撮影の時点でおそらくガンの宣告を受けていたはずだが、まさにパンサー=豹のような、しなやかでパワフルな動きには圧倒される。トレーニングについてインタビューで聞いたときに「フィリピンのカリ、セネガルのレスリング、ブラジルのカポエイラ、タイのムエタイ、韓国のテコンドー、そして日本の合気道と柔道。世界中の格闘技やマーシャルアーツを訓練した」と告白していた。もちろんブラックパンサーとしてのアクションは魅力的だが、ワカンダ王国で人々の尊敬を集める、ティ・チャラとしての崇高な演技も忘れがたい。しかしその点は「王族にこだわらず、一人の男が立派な言動をみせることを意識した」とサラリと答えていたチャドウィック。作品自体は大きな話題にならなかったが『キング・オブ・エジプト』でもトトという神の役を演じており、もともと神々しさを備えた俳優でもあったのだ。
6月にNetflixで配信が始まった、スパイク・リー監督の『ザ・ファイブ・ブラッズ』と、遺作とされる『Ma Rainey’s Black Bottom』では、キモセラピー(化学療法)や手術を受けながらの撮影だったという。『ザ・ファイブ・ブラッズ』の役どころは、ベトナム戦争の黒人部隊の隊長で、今や歳をとった帰還兵の仲間たちがおよそ半世紀を経て、隊長の亡骸を探すためにベトナムへ戻ってくる物語。戦争時代のシーンに出てくるチャドウィックの姿は、やはりどこか神々しく、果てしないほどカッコいい。同時に、過酷な治療を受けていた事実を重ねると、涙なくしては観られない。織田信長に仕えた黒人の侍を描く『ヤスケ(原題) / Yasuke』で主人公ヤスケ(弥助)を演じる新作が実現しなかったのも無念だ。
『ザ・ファイブブラッズ』の帰還兵たちが、何十年もチャドウィックの隊長をヒーローとして心に留めていたように、今後もチャドウィック・ボーズマンの出演作は、何十年、いや、永遠に世界中の人々に語り継がれるだろう。短い人生ながら、俳優として唯一無二の実績を残した英雄であった。チャドウィック、フォーエバー!