俳優・細川岳、友人をモデルにした役「怖かった」 異色の青春映画『佐々木、イン、マイマイン』が生まれるまで
俳優・細川岳(28)の高校時代の同級生のエピソードを原案にした青春映画『佐々木、イン、マイマイン』(11月27日公開)。タイトルにもなっている「佐々木=青春時代の忘れられない存在」を演じた細川が、自身の人生に少なからずの影響を与えた友人の存在、本作が出来上がるまでの道のりを語った。
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本作は、細川が映画『ヴァニタス』で組んだ新鋭・内山拓也監督に、高校時代の忘れられない友人の話をしたことからスタート。「これがダメなら俳優を辞めよう」という強い思いから、脚本を内山監督と共に作り上げることとなった。高校時代からの盟友4人グループに藤原季節、細川、遊屋慎太郎、森優作がふんしたほか、萩原みのり、小西桜子、河合優実、井口理(King Gnu)、鈴木卓爾、村上虹郎らが出演している。
モデルになった高校時代の破天荒な友人
細川はモデルになった友人を“あいつ”と呼んでおり「とにかく人と合わせない人で、面白いことが自分の正義という感覚の持ち主。劇中の佐々木コールっていう服を脱いで周囲を煽る行為は、実際に彼が高校時代にやっていたことで、街中でも平気でやってしまうんです」とその破天荒な人となりを振り返る。そして、彼が放ったある一言が忘れられないのだという。
「僕にとって高校で初めてできた友達なんですけど、ずっと一緒にいたわけでもなくて、親友っていう言い方は少し違うんです。だけど彼に『おまえ、おもんないな』って言われたのがものすごく残っていて。自分でも自分を面白い人間とは到底思えなかったのですが、結構傷つきましたし、そんなことあいつにしか言われたことがない。『いや俺面白いから!』っていう反骨精神が生まれたというか、彼に面白いと言わせたい。面白い作品を作りたいと。無意識に火をつけられた気がします」
そんな“あいつ”を映画化したいと思い始めたのは二十歳のころからで、とある忘れがたい思い出が原動力となった。「自分では立っていられなくなるような出来事があいつの身に降りかかったとき、あいつは普通に登校して、踊ってた。その時のあいつの顔が忘れられなかった。学校の音やその場の空気なども生々しく残っていて。なぜ普通に学校に来られたのか。なぜいつものように笑えたのか、まったくわからなかった。自分が佐々木を演じることで、彼がその時に何を思っていたのか、どう感じたのかというのを理解したかった。それが映画を作るきっかけになりました。映画を撮る前に、彼に当時の出来事をどのように感じていたのかという話を聞いたりしていて、そういうところから膨らませたところもあります」
主人公の設定が「売れない俳優」になったワケ
脚本執筆に費やした時間は約2年半。内山監督はその過程が「壮絶だった」と話しているが、その果てに出来上がったのが藤原季節演じる、芽の出ない俳優という主人公の設定だった。細川はそれまでの紆余曲折をこう語る。
「初めは、僕がこれまでに記憶に残っているエピソードを紙に全部書くところから始まりました。学生時代に出会ったあいつ、周りを取り囲む人物たちとの思い出から、現在の僕に至るまで。内山から出された宿題は途方も無い作業でしたが、彼は話を面白がって聞いてくれました。そのあと内山に『とりあえず岳が書いてみて』と言われ、初稿を書き上げました。それを内山に渡したところ『そんなんじゃお前の気持ちが伝わらない』と言われて。そこで季節演じる主人公・悠二を今の自分に置き換えてみたら伝わるかもしれないと。次の脚本に反映させて内山に渡すと『面白い』という話になって、そこから内山が直して、僕が読んで意見を言ってちょっと揉めて直して……というのを繰り返していた感じですね。そういうわけで、悠二のキャラクターには僕が投影されているんです」
共演者と撮影以外で時間を共有することで恐怖を克服
そうして脚本は出来上がったものの、いざ友人をモデルにした佐々木を演じるのは「怖かった」と細川。その状況を打破したのが、同級生を演じた藤原季節、遊屋慎太郎、森優作らと撮影以外で交流したことだったという。
「まずモデルがいるのでその面白さは絶対に越えなければならないと。それで何回もリハーサルをやったんですけど、自分の中で越えている感覚がまったくもてなくて、そのうちリハーサルも怖くなってきてしまって。そんな中、内山の提案もあって季節、慎太郎、森くん、みのりちゃんとライブ(King Gnu)を見に行ったりバスケをしたり、撮影以外で一緒に過ごす時間を持つようにしたんです。そうしたら、皆が僕を佐々木として扱ってくれたので、彼らといるときだけは制限をかけず思っていることを何でも言って、やっていました。そうすることで佐々木になりきることができましたし、佐々木でいることがすごく楽しくなったんです。メンバー全員で集まることもあれば僕と季節、僕と森くんとか個々で会ったりもしていて、皆が映画に対する熱量を同じように共有するようになった。だから皆でチラシ配りをしたり宣伝も頑張ったし、そのチーム感みたいなものは劇中にも出ているのではないかと思います」
現時点では、まだモデルとなった友人に映画を観せられていないというが、細川は彼に「面白い」と言ってもらいたい一心で映画製作に取り組んだ。そんな思いで生まれたのが意表をつくラストシーンだ。「初めはなかったんです。だけどモデルになったあいつに見せた時に、このラストで面白いって言うだろうかと。ぐっとはくるかもしれないけど……と内山と話していて。それで今の状態に落ち着いたんですけど、最後までこのラストを生かすのか、生かさないのか、というのは迷いました」
本作を撮り終えて、公開を目前にした心境を「目に見える結果としてはまだ何も得てはいないんですけど自信になった」と語る細川。「これまでは周囲から『俳優を目指している人』という風に見られてきましたが、今は『自分にはこの作品がある』と誇れるようになりました。あとは季節から『おまえは佐々木を演じたんだからもうなめられちゃいけない』と。『おまえがなめられるということは佐々木がなめられるということだ。だからお前は人になめられるな』と。その言葉がすごく残っていて、じゃあこれからどんな芝居をすればいいのかというのをより強く考えるようになったというか、この作品を越えなければならないというハードルを意識するようになりました」
今後は井筒和幸監督8年ぶりの新作『無頼』(12月12日公開)などを控えており、「芝居をもっとしたい」と目を輝かせる。(取材・文:編集部 石井百合子)