コロナ禍前の光景をマレーシアの鬼才が映す『カム・アンド・ゴー』
マレーシア出身のリム・カーワイ監督が大阪で撮影した映画『カム・アンド・ゴー』(年内公開予定)が、この程開催された第16回大阪アジアン映画祭で凱旋上映された。本作はインバウンド景気でにぎわっていた2年前の大阪で多国籍キャストを用いて撮影を行っており、コロナ禍によって失われた光景が多々映っている。リム監督は「慌てて準備して、それぞれ2、3日で撮影した作品だったが、あの時に撮っておいて良かった」と感慨深げに語った。
同作は、大阪を拠点としているリム監督の『新世界の夜明け』(2011)、『Fly Me to Minami~恋するミナミ』(2013)に続く大阪三部作目で、今回の舞台は大阪・キタエリア。映画もドラマも日本の映像作品はほぼ日本人しか登場しないが、リム監督作は外国人観光客はもちろん在住者や留学生も当たり前に存在している今の日本をリアルに切り取っているのが特徴で、夢と現実のはざまでうごめく人たちの人間模様を描く。
出演者はリム監督が大阪アジアン映画祭など映画祭行脚で出会った人たちを中心に、アジア中から集結。女優・渡辺真起子を筆頭に、台湾で活動するツァイ・ミンリャン監督作でおなじみのリー・カンション、第31回東京国際映画祭で若手俳優に贈られる東京ジェムストーン賞を受賞したベトナム映画『ソン・ランの響き』(2018)のリエン・ビン・ファット、ネパールの人気歌手モウサム・グルン、ミャンマーの人気ファッションモデルのナン・トレーシーなど、アジアを代表するスターの夢の競演が実現した。
撮影が行われたのは2019年春の、平成から令和へと変わる頃。それから2年。すでに撮影で使用した飲食店2軒が再開発やコロナ禍の影響を受けて閉店したという。当然、今だったら外国人キャストを大阪に招いて撮影することは不可能だったワケだが、さらに留学生を演じたナンは母国ミャンマーが大混乱中。軍事クーデターに対する抗議デモに彼女も参加しており、日々の暮らしも脅かされている。
昨年10月の東京国際映画祭での『カム・アンド・ゴー』世界初上映に合わせて故郷から日本に戻ってきたリム監督は、この社会の変化を肌で感じているという。
「大阪ではゲストハウスに滞在しているのですが、以前は難民申請中の外国人が多かったけど、今はコロナ禍で失業した日本人が増えました。もちろん街自体も外国人が減っているワケですが、代わって日本の若者が外に出て活動的になっているようにも感じます。日本は高齢化社会だったはずなんですけどね」
世界を旅しながら映画制作する“シネマドリフター”としてのリム監督の活動もコロナ禍の影響を受けている。『どこでもない、ここしかない』(2018)、『いつか、どこかで』(同)に続くバルカン地域三部作目をトルコで撮影することを企画していたそうだが、当分は実現できそうにない。しばらく日本に滞在しながら、次なる構想を思案中だという。
リム監督は「実はコロナ前後の大阪の変化を見比べたいから、年末からドキュメンタリーを撮っています。もう少し今の社会の状況を知りたい。新作はしばらく撮れないかな。ただ『カム・アンド・ゴー』のキャラクターたちが母国に帰ってからの“その後”も気になるので、続編を作るのもいいかも」と前向きに語った。(取材・文:中山治美)