青梅に約50年ぶりに誕生する映画館、オープン延期
東京都青梅市に新たに完成した映画館「シネマネコ」が、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言が東京に発令されたことを受けて、5月2日のオープンを延期することを発表した。開業したら、青梅市に実に約50年ぶりに映画館が復活し、さらに東京で唯一となる木造建造物の映画館が誕生するという地域と映画界を明るく照らす朗報となるはずだったが、しばらく“お預け”となった。
苦渋の決断だった。青梅で映画館復活プロジェクトが立ち上がったのは約2年前。発案者は元俳優で、市内で飲食業を営む菊池康弘さん。同市では1994年から昭和レトロな街として往年の名作映画の看板を町中に飾って観光名所としていたが、3館あった映画館は1974年にすでに閉館。さらに2018年には看板を描いていた映画看板師・久保板観さん(本名は昇さん)が死去した。多くの看板も老朽化から撤去され、街が寂しくなった。
「映画の街として賑わった青梅に、もう一度映画館を復活できないか?」
構想をタウンマネージャーに相談したところ紹介されたのが、青梅織物工業協同組合敷地内にある旧都立繊維試験場。昭和初期に建設され、2016年に国登録有形文化財に登録された青梅の歴史を伝える木造建築だ。この貴重な建物を、耐震・耐火の基礎工事を改めて施しながら映画館へとリノベーションした。
館名も青梅の歴史から名付けた。養蚕が盛んだった青梅では繁栄とネズミ除けとして猫を大切にしてきた。今や街のシンボルでもある。
無事に工事も終わり、4月23日には浜中啓一青梅市長を招いての完成式典を行ったところだった。菊池さんは「いろいろと準備を進めてきただけに、正直とてもつらいし、悔しい」と本音を漏らしつつ、「やむを得ない状況で大変心苦しい決断でしたが、緊急事態宣言が明け、落ち着いた情勢になったタイミングでオープンを迎えられたらと思います」と前向きに語った。
菊池さんだけではない、「シネマネコ」には多くの人の夢や希望が託されている。映画館経営初となる菊池さんは、各地のミニシアター関係者に指南を受けた。同じく昭和初期に建てられた旧繊維工場を利用した山形・鶴岡まちなかキネマ(昨年閉館。現在再整備中)、元酒蔵の埼玉・深谷シネマ、高崎映画祭運営スタッフが開設した群馬・シネマテークたかさきなど。映画館を作りたい旨を話したところ、異口同音「もうからないよ」「やめたほうがいいよ」という至極真っ当な意見。
それでも映画館開設に至った歴史から建築費用や運営方法などを親身になってアドバイスしてくれたという。菊池さんは「深谷シネマの竹石(研二)館長には設計図まで見せて頂いた。その際、「深谷シネマでできなかったことがある」と。それは客席に段差をつけること。その話を伺い、後方席からの見やすさを考慮してシネマネコでは段差を作りました」という。
63席の青い座席は、2018年に閉館した新潟・十日町シネマパラダイスで使用されていたもの。再開を願って倉庫で保管していたものを、無償で譲り受けたという。そしてオープニングを飾るスタジオジブリのアニメ『猫の恩返し』(2002)である。オープンの目玉として、館名にちなんでネコ映画特集を企画。そこで、ハードルが高いことを知りつつ宮崎駿監督に直筆の手紙を送ったところ、まさかの快諾を得たという。これはいわばスタジオジブリからの“ご祝儀”だろう。
市民の関心も高い。取材中もかつてこの地にあった織物加工工場で働いていたというご夫妻が、ふらりと立ち寄った。改修中は同様に街の人が見学に訪れては、懐かしそうに館内を見回して、映画館として生まれ変わることに期待と喜びと激励を菊池さんに伝えていったという。
そんな館内にはブックカフェも併設される。実は青梅市には大規模な公共ホールがない。唯一あった青梅市民会館は2017年に閉館してしまった。代わってシネマネコが、街の人たちの集いの場となればという願いが込められているという。今後はこの場所も活用して、日本酒「澤乃井」で知られる地元・小澤酒造と組んだ上映イベント、さらに映画祭、ワークショップなども行っていきたいという。
菊池さんは「理想とするのは地元の年配の方から子ども、さらには映像制作を目指す若い世代まで幅広い層が楽しめる作品を上映するシネコンとミニシアターの中間にあるような映画館。多くの人たちの日常に寄り添う映画館でありたいと思っています」。
新たなオープン日は、改めて公式サイトやSNSで発表するという。また4月30日まで映画館の改修費用などを目的としたクラウドファンディングを実施している。(取材・文:中山治美)