伊藤英明、苦しんだ時期を乗り越えて…『燃えよ剣』で運命の出会い
『関ヶ原』(2017)の岡田准一と原田眞人監督が再びタッグを組んだ映画『燃えよ剣』(10月15日公開)で、新選組初代筆頭局長・芹沢鴨を豪快に演じ、圧倒的存在感を放つ伊藤英明。本作の出演を通して、「初めて真正面から役者という職業と向き合うことができた」という伊藤が、自身を育て支えてくれた恩師の死、俳優として鍛錬を惜しまぬ岡田との出会いについて赤裸々に語った。
『関ヶ原』に続き時代小説の大家・司馬遼太郎(遼のしんにょうは点2つ)の同名ベストセラー小説を映画化した本作は、主人公の新選組副長・土方歳三役の岡田を筆頭に、新選組局長・近藤勇に鈴木亮平、一番隊組長・沖田総司に山田涼介、土方が思いを寄せる女性・お雪に柴咲コウ、そして芹沢鴨に伊藤と、主役級のオールスターキャストが集結。江戸時代末期、黒船の来航により、外国から日本を守るため幕府の権力を回復させようとする佐幕派と、天皇を中心にした新政権を目指す討幕派の対立が深まる中、徳川幕府の後ろ盾として結成された新選組の活躍を描く。
恩師を亡くし、俳優としての自信が揺らぐ
芹沢といえば、剣豪で学もありながら、酒に呑まれると手がつけられなくなる人間味あふれるキャラクター。伊藤は、「脚本を読んでいたら、酒飲みで女好きっていう設定だったので、『これ当て書き? もうそういうのは若い時に卒業したんだけどなぁ』とちょっぴり傷つきました」と冗談交じりにオファー時を振り返る。「酒を飲まなければ、懐も深い才人。カリスマ性がありながら人望が薄いという、ちょっと憎めないキャラクターがとても魅力的だなと思ったので、演じるのが楽しみでしたね」と述懐する。
実は本作の依頼が舞い込む少し前、伊藤が師と仰ぐ事務所社長の小笠原明男さんと、俳優の津川雅彦さんが相次いで亡くなった。当時、役者として悩みを抱えていた伊藤は、その時の喪失感をこう語る。「当時は自分を“俳優”と名乗ることが恥ずかしくて、入国審査カードの職業欄に“会社員”と書いていたくらい自信が持てていなかったんです。そんな時に僕の精神的支柱であるお二人が亡くなって。特に社長は親同然の人で、僕にとって絶大な存在だったので、これからどうしようかと。子供も産まれたばかりで、俳優としてやっていける自信もない……そんな状態の中でいただいたのが『燃えよ剣』の芹沢役だったんです」
映画『海猿』シリーズや『悪の教典』(2012)、近年はTBS系ドラマ「病室で念仏を唱えないでください」(2020)の僧侶の救急救命医役、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(2020~2021)の斎藤高政(義龍)役など、俳優として圧倒的な存在感を放ってきただけに、演じることに対する伊藤の自信の無さに、ファンとしてはにわかに信じられないところだが、本作の現場で主演の岡田と対峙した時に、さらにその不安は広がった。
「岡田さんと向き合った瞬間、『自分は今まで何をやってきたんだ? すべて偽物じゃないか』という思いに駆られて。これまで素晴らしい作品に出させていただいたにもかかわらず、『何も役者の勉強をしないまま素質だけでここまで来てしまった』という思いがこみ上げ、初めて挫折を味わったんです」
ところが、岡田と対峙した時の挫折感が、伊藤の俳優としての運命を大きく変えることになる。
岡田准一との出会いが自分を変えてくれた
岡田と対峙したことで味わった挫折感とは一体何なのか?「岡田さんは、日々鍛錬されていて、何年にもわたって会得したものを、現場のみんなに惜しみなく伝授していたんです。作品をいいものにするためとはいえ、なかなかできることではありませんよね。しかも、誰が見ても心から納得できる本物の技術。それを見せつけられたら、『俺は今まで何をやっていたんだ』っていう気持ちになった。アメリカに住んでいた時に、ちょうど岡田さんの『散り椿』(2018)を観て、痺れるくらいすごかったので、最初は『果たして、芹沢鴨役を引き受けていいものか』と相当悩んだのを覚えています」
だが、恩師である小笠原社長が最後に導いてくれたこのチャンス。伊藤はこれまでの自分を見つめ直すためにも、チャレンジすることを選んだ。「今までは、役をもらってから準備に入っていたんですが、岡田さんと会ってから、俳優としてすべき日々の鍛錬は、役の準備ではなく、常に自分と真摯(しんし)に向き合うことなんだなというふうに発想が変わりましたね」と目を輝かせる伊藤。そして、「この作品を撮影してからもう2年経っていますが、その間にも岡田さんはどんどん進化しているんだろうなって思うと、じっとしていられない。特に時代劇は、日常の動きでは絶対に芝居はできないので、やっぱり日々の鍛錬が不可欠。この作品をきっかけに、自分もそこに近づきたいと本気で思うようになったことは、僕にとって大きな成長と言えると思います」と前を見据えた。
本作をきっかけに過去の作品を見つめ直し、「今じゃできないことを、案外頑張って演じていたんだな」と、自分を俳優としてようやく見ることができたという伊藤。「少し前までは自己否定していたけれど、『燃えよ剣』と出会って、何か吹っ切れた感じがしますね。この作品は、僕にとってものすごく大きな転機になったと思います」
すがすがしい表情でそう語る伊藤は、近年海外でも精力的に活躍。Netflixドキュメンタリーシリーズ「エイジ・オブ・サムライ:天下統一への戦い」(2021)では戦国武将の伊達政宗にふんしたほか、WOWOWと HBO max が共同制作する
ドラマ「TOKYO VICE」が待機中(2022年春よりWOWOWにて独占放送・配信)。『ヒート』『インサイダー』などのマイケル・マン監督がメガホンをとり、キャストに渡辺謙、菊地凛子、山下智久らが名を連ねている。(取材・文:坂田正樹)
スタイリスト:根岸豪(THE Six)/GO NEGISHI ヘアメイク:佐藤陵/SATO RYO