『犬王』湯浅政明監督、能楽師をポップスターとして描く面白さ 主人公の明るさに「勇気をもらえる」
第34回東京国際映画祭
アニメーション映画『犬王』(2022年初夏全国公開)のジャパンプレミアが3日、東京・日比谷で開催中の第34回東京国際映画祭で行われ、上映後のティーチインイベントに登場した湯浅政明監督が作品の魅力を語った。この日は、キャラクター原案を担当する漫画家・松本大洋による映画のポスタービジュアルもお披露目された。
『犬王』は、室町時代に人々を魅了した実在の能楽師・犬王を、ポップスターとして華やかに描くミュージカル・アニメーション。脚本を『罪の声』やドラマ「MIU404」の野木亜紀子、音楽を「あまちゃん」の大友良英が担当している。本作は、今年9月に第78回ベネチア国際映画祭でワールドプレミア上映が行われたほか、米アカデミー賞の前哨戦となる第46回トロント国際映画祭でも上映。日本の観客が本作を観るのはこの日が初となったことから、湯浅監督は「やっと観ていただけてうれしいです」と笑顔を見せた。
原作は、古川日出男の小説「平家物語 犬王の巻」。企画のどんなところに興味を持ったのか問われた湯浅監督は、「最初に企画をいただいた時に、犬王という能楽のスターがいて、それが当時のポップスターであったという形で、ロックミュージシャンの写真が沿えてあったのがすごく面白いなと思いました」と振り返ると、「歴史の話というと、今、残っているものから想像する世界はとても狭くて。音楽に関しても、芸能に関しても、もっと広いイメージがあるべきだと思っていました」とイマジネーション豊かな本作についての着想を明かした。
主人公・犬王は、室町時代という身分が固定化されている時代に、おのれの芸事ひとつでどん底からはい上がろうとする。「僕が一番興味を持ったのが、犬王が明るいということ。そういう宿命を背負うと、暗くなりがちなんですけど、なんで明るくいられたのか、というところが魅力的だと思うし、そういう人に自分もなりたい。今の時代にこういうキャラクターを見るのは勇気をもらえるなと思いました」と明かした。
劇中に登場する犬王と琵琶法師・友魚の一座のパフォーマンスは、まるで現代のロックバンドのようであり、ロックコンサートのようでもある。そんな音楽について、湯浅監督は「音楽というのはもっと根源的な、もともと歌って踊って神様に見せるようなところに興奮するようなところもあるんですけど、個人的にコンサートなんかに行くとすごく立ちたいんですよね。若い時は勝手に立てるからいいんだけど、年をとると、ひとりで立つのは嫌なので、みんなが立つのを待ってしまう。もっと踊ってほしいなと思うところがあります」と熱弁すると、「試写会で4回ほど、後ろに立ちながら観たんですけど、みんなの頭を見ながら、(パフォーマンスのシーンで)なんで動かないんだと思いながらずっと頭を見てましたね」と笑ってみせた。
犬王の声はロックバンド・女王蜂のアヴちゃん、友魚は俳優の森山未來が担当している。「森山さんが一番気にしていたのが、急にロックで歌い出すところ。それまで何があったんだろう、というくらいに急展開だったので、僕もそれは一番冒険したところではありました」と湯浅監督は告白。「最初はそれに対する説明を入れていたんです。でも脚本の野木さんが、そういった説明はいらないんじゃないかと。そのまま一気にいっちゃって、後付けで納得してもらえばいいんじゃないかと言われて。そういう方法があるのかと思いましたが、(演じる側としては)理解しにくかったみたいですね」と音楽に対する衝動を理屈抜きに、そのままスクリーンに焼き付けたような本作のパフォーマンスシーンについて言及するひと幕も。イベントも終盤を迎え、監督は「本当はひとりひとりに感想を聞きたいところですが。これから公開まで半年以上あるので、できるだけいい感想をつぶやいていただいて、盛り上げていただければ。よろしくお願いします」と呼びかけると、会場からは大きな拍手がわき起こった。(取材・文:壬生智裕)