香川照之「99.9」オヤジギャグに困惑 松本潤と通じた瞬間振り返る
緩急自在の芝居で作品に深い彩りを与える俳優・香川照之。数々の映画やドラマに出演し、視聴者の心に深く刻み込まれるような演技をしてきた百戦錬磨の香川が、顔合わせの段階で「凍り付いた」というほど規格外のスタートだったという連続ドラマ「99.9-刑事専門弁護士-」。しかしオンエアが始まると大きな反響を呼び、SEASONII、スペシャルドラマ、そして映画版となる『99.9-刑事専門弁護士- THE MOVIE』(12月30日公開)まで制作される人気シリーズとなった。「大丈夫か?」が「行ける!」に変わったポイントはどこにあったのか……? 香川がシリーズを振り返った。
困惑からのスタートだった「99.9」
「99.9-刑事専門弁護士-」は、日本の刑事事件において、起訴されれば99.9%が有罪になるという現実に対して、残された0.1%の可能性に懸けて戦う深山大翔(松本潤)をはじめ、斑目法律事務所の個性豊かな弁護士たちを描くリーガルエンターテインメント。TBS日曜劇場枠で、SEASONIが2016年、SEASONIIが2018年に放送された。深山は誰もが認めるほどの天才的な頭脳を持ちつつ、緊迫した場面でオヤジギャグを連発するなど、かなりの変わり者である。今となっては国民的人気を博すヒーロー的キャラになっているが、当初はその個性的な設定に戸惑いもあったという。
ドラマの顔合わせが行われた際、メガホンをとる木村ひさし監督が「このドラマは何も決めていません。決まっているのは、主役がオヤジギャグを言うことだけです」とつぶやいたと述懐する香川。「それを聞いたとき、みんな凍り付いていましたね(笑)。たぶん『大丈夫なのか?』と思っていたと思います」
扱うテーマが“事実の追求”という法廷劇。重厚なテーマを描きながら、深山が緊迫した場面で「オヤジギャグを言う」という枠組みに「最初は困惑していたと思います」と香川は率直な胸の内を明かす。しかし、木村監督が迷いなくスタンスを提示したことで「松本さんをはじめ、みんな『“こっち”なんだな』と納得したと思います」と現場が動き出すこととなった。
重要なのは深山をいかに輝かせるか
香川が演じるのは、深山が所属する斑目法律事務所の先輩弁護士・佐田篤弘。事実を追求する深山とは逆に、佐田は「裁判は勝たなければ意味がない」という信念を持つ利益重視の弁護士。当然序盤から、深山とは衝突する立ち位置だ。「最初にこの作品に入るとき、松本さんを深山としてどう輝かせるかが重要だと思っていました。松本さんがいかに魅力的なキャラクターとして映るかに奔走するべきだと」
佐田と深山がVS(バーサス)になる関係を、作風に照らし合わせてどう見せるか……。そんな課題は、撮影が始まるとすぐに解消されたという。「深山と佐田がマネージングパートナー室で最初に出会って、弁護士の方向性について語り合うシーンがありましたが、あそこで松本さんと個人的にも、俳優同士としても向き合えたことで、お互い通じ合うことができたと思います」
「99.9」に役づくりは必要ない
そこからは何も考える必要はなく、現場で深山、佐田として向き合うだけで「99.9-刑事専門弁護士-」のテイストは自然と出来上がっていた。「役づくりという言葉はこのドラマには必要なくなりました。僕と松本さんが互いに反応することで成立するので、過去も未来もいらない。その場で瞬時に反応すれば、深山と佐田の関係性になる。さらに言えば、ほかのキャラクターにもそれは応用できるんです」
「99.9」の世界観を作り出した木村監督について「監督というものは、(他者の意見を)否定することが自身の力量と感じている方も見受けられますが、木村監督は“いいですよ”と肯定することが、自身の力量を下げるわけではないという自信があるのだと思うんです」と語ると「一旦同じ方向性を共有できれば、アンテナは同じだという安心感があるのではないか。だからこそ、現場で皆いろいろなことにチャレンジできる」と盤石の態勢で臨むことができたという。
深山と佐田の最初の対面シーンで作風にアジャストできたという香川。さらに勢いがついたのが、SEASONIの第2話。風間俊介演じる殺人事件の被告人と、接見室で深山、佐田、立花彩乃(榮倉奈々)が対峙するシーンだ。
「接見室でいろいろなことを言い合って、アクリル板越しに、3人がそれぞれやりたいことを試したんです。あのシーンで榮倉さんが示した方向性が、(SEASONIIのヒロインとなった)木村文乃さん演じる尾崎舞子に、そして映画版で杉咲花さん演じる河野穂乃果に引き継がれていったような気がするんです。あそこで作品の世界観は固まった気がします」
香川にとっての逆転エピソードは?
ドラマの設定にちなんで、香川にとっての“逆転”エピソードを問うと「(2016年5月)ドラマがスタートするときの番宣で『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系バラエティー番組)に出演したのですが、そのときカマキリの被り物をして『虫の番組やりたいです』と話をしたんです。そうしたら、次の日に本当にEテレからオファーがあって、昆虫番組(『香川照之の昆虫すごいぜ!』)をやらせてもらえることになったんです」と回答する。
それまで役柄の印象から“怖い”というイメージを持たれていたという香川は「この出来事のおかげで、ボールを対極のサイドに振ることができたと思うんです。『こっちもOKなのね』と思ってもらえて、イメージに広がりが出たのは、逆転という意味かどうかはわかりませんが、一つの大きな出来事だったと思います」とポイントに挙げていた。(取材・文:磯部正和)