タイの鬼才アピチャッポン監督、日本での舞台あいさつに「美しい体験」
『ブンミおじさんの森』でカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を獲得したタイの鬼才アピチャッポン・ウィーラセタクン監督が25日、ヒューマントラストシネマ有楽町で行われた映画『MEMORIA メモリア』の監督登壇イベントに来場。満場の観客を目の当たりにし、「コロナ禍の状況が100%回復したわけではないですが、実際に皆さんにお会いできて光栄」と感激の表情を見せた。
2021年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した本作は、あるときから自分にだけ不穏な音が聞こえるようになった主人公ジェシカが、コロンビアで思いがけない体験をするさまを描き出す幻想的なドラマ。これまでタイで映画を撮影してきたアピチャッポン監督にとっては、本作が初めてタイ国外で制作した作品となった。
この日の上映会のチケットは完売。満席の会場内にやってきたアピチャッポン監督は「日本に来て何日か経つんですが、この上映回が売り切れだと聞いて、非常にうれしく思っております」とあいさつ。さらに「実際にコロナ禍の状況が100%回復した状況ではないですが、こうやって皆さまに来ていただけて。実際のお客さまに会える機会というのもそれほどないので、とても光栄ですし、ありがたいなと思っております」と晴れやかな表情を見せた。
本作は、タイを離れ、南米のコロンビアで撮影が行われた。このことについて「実際、かなりのチャレンジでした」と語るアピチャッポン監督は、「自分のフィールドと違う場所でやるのは大きな障害ではなくて、新しい家族を迎えるようなもの。むしろそこにフォーカスして、そこからインスピレーションを得るようにしました」と述懐。「その中で自分が感じたのは、最終的に場所が変わったところで、世界や人間というのは同じなのではないかということ。肌の色とか服装が違うとか、そういったものは単なる幻想にすぎない。人の心の奥底にあるものは、実は同じなんじゃないかということを感じました」と付け加えた。
主演を務めたのは、イギリスの名女優ティルダ・スウィントン。本作のジェシカという役柄はティルダと一緒に作りあげたとのことで、「彼女のおかげで役柄は実際に変わっていきましたね。もともと脚本はかなり詳細に作っていたんですが、この作品には時間というものが強く影響していて。その中でティルダさんと、(主人公)ジェシカの感情を探していきました」と語るアピチャッポン監督。さらに「撮影は、実際の映画の時間軸と同じ、順撮りで行いました。そして半分くらい撮影したところで、なんとなくこのジェシカという人物や、映画を理解できたような気がしているんです」と振り返るなど、この映画の撮影自体がアピチャッポン作品ならではの“記憶の旅路”のプロセスであったことを明かした。
また、本作のことを「孤独の映画である」と定義したアピチャッポン監督は、「ただし孤独といってもマイナスの感情ではない。孤独をどうやって抱擁するか、どうやって受け入れるか。そうやって幸せを探すわけです」と説明する。
ティルダとは「この作品を単に物語を語っていくような作品にしたくない」と話し合っていたとのことで、「説明できないような感情をどうやって表現するか。例えば恋をしたとき、失恋したときには自分の中にいろいろな感情がわき起こるものですが、それは誰かに説明できるものではない。そういったものを孤独に置き換えて、その孤独をどのようにして映画の中に表していくかということを考えました」と詩的な内容の本作に通底する思いを明かした。
そして本日集まった観客に向かってあらためて感謝の思いを述べたアピチャッポン監督は、「この映画は映画館で観ていただきたいと思って作った映画です。やはり映画館の中で他の人たちと共有する事が大切だと思っているんです。特に意見を交わすわけではなくても、一緒にそこに座って、一緒に音を聞いて、それ自体を感じることにこの映画の特別さがあると思っています」と観客にメッセージ。
さらに「もしよろしければ今日の感動的な、美しい体験を残したいので、皆さんの写真を撮っていいでしょうか?」と呼びかけると、会場から拍手が。そこで自身のスマホを取り出し、最適なアングルをゆったりと、非常に丁寧に探っていたアピチャッポン監督は「すみません。僕は仕事の遅い監督なんです」とちゃめっ気たっぷりにコメント。最後まで会場を和やかな雰囲気に包み込んだ。(取材・文:壬生智裕)
映画『MEMORIA メモリア』は公開中