9年ぶり来日のレオス・カラックス監督、エレガントで猥雑な東京が好き
『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』などのフランスの鬼才レオス・カラックスが9年ぶりに来日を果たし、1日に都内で行われた『アネット』初日舞台あいさつで日本の観客と触れ合った。この日はサプライズゲストとして、本作にも出演する俳優の古舘寛治も駆け付けた。
『ホーリー・モーターズ』(2012)以来の新作で第74回カンヌ国際映画祭で監督賞に輝いた本作は、カラックス監督がアダム・ドライヴァーとマリオン・コティヤールを主演に迎え、初めて全編英語で挑んだ作品。人気バンド、スパークスのアルバム「アネット」を原案に、スタンダップコメディアンのヘンリー(アダム)と、一流オペラ歌手のアン(マリオン)の間に、ミステリアスで非凡な才能を持ったアネットが生まれたことで、人生が狂い始めるさまを描き出す。
ステージに立ったカラックス監督は自分がかぶっていた帽子を脱ぎ、無造作に床にポンと投げ置くも、その置いた場所がベストなポジションではなかったのか、サッカーボールを蹴るかのように帽子をチョンチョンと蹴りながら位置をずらそうとするも、司会者から「帽子で遊ばないでください」とピシャリ。その一部始終に笑いが起き、冒頭から会場を和やかな雰囲気に包み込んだ。
「こんにちは」とあいさつしたカラックス監督は、「先ほど(司会者から)9年ぶりの来日と紹介してもらったけど、実は今回の作品の共同制作に入っている(ユーロスペースの代表)堀越謙三さんに会ったり、(劇中に登場する)マリオネットの製作者に会ったりと、実はちょくちょく日本に来ていたんです。だからまた日本に戻ってこられてうれしく思っています」と笑顔。ポン・ジュノ、ミシェル・ゴンドリーと監督に名を連ねたオムニバス映画『TOKYO!』の一編『メルド』を日本で撮影したこともあるカラックス監督だが、桜の季節に来日するのは初。「来日するときは大体、秋だったと思う。東京を歩くのが好きなんだけど、とてもエレガントなところと、猥雑(わいざつ)なところが同居している東京というのは、本当に面白い街だと思う」と親日ぶりをうかがわせた。
なお、本作の主演の一人であるアダム・ドライヴァーについては、かなり初期段階から想定していたという。「テレビドラマの『GIRLS/ガールズ』を観たのがきっかけだった。不思議な男性だなと思って。僕は小さい頃に飼っていたくらい猿好きなんだけど、彼の顔って猿に似ているよね。そこが気に入ったんだ。だから企画を立てた1年目くらいには彼に合流してもらったんだけど、そのあと資金調達が遅れてしまい。結果(前作から)8年という月日が経ってしまったというわけなんだ」
本作で、アダムやマリオンら本職ではない俳優が歌を歌っていることについて「大体ミュージカル映画というのは、最初に歌を録音して、それをもとに撮影するわけだけど、今回は演技をしながら歌ってもらい、いわゆる同時録音を行った」と明かしたカラックス監督。「だけど彼らは歌が得意というわけではないから、いつもの安定した演技というわけにはいかず、ちょっと不安定な状態となるのがよかった。僕は身体的表現がうまい役者、ダンサーが演技をしているような役者が好きなんだけど、今回はとりわけ彼らが演技より歌に挑戦しているというのが美しいなと思った」と満足げな表情を見せた。
そしてこの日は、本作に医師役として出演した古舘寛治もサプライズゲストとして登場。「日本でのカラックス監督の評判を聞くと、気難しい人みたいな声を聞いていたんですけど、実際に会ったらまったくそんなことなくて。すごく穏やかで、撮影というものが本来持つ楽しさみたいなものを思い出させてくれる人で楽しかった」と古舘が語ると、カラックス監督は「ひとつ秘密を教えてあげよう。古舘さんを起用したのは歌が下手だからなんだよ」とジョークで返し、会場を沸かせた。(取材・文:壬生智裕)