英国リメイク版『生きる』はビル・ナイのために書かれた!
第47回トロント国際映画祭
黒澤明監督の名作『生きる』(1952)をイギリスでリメイクした映画『生きる LIVING』が、第47回トロント国際映画祭で上映された。死期を宣告されたことで、死んだように生きていたこれまでを捨てて本当の意味で生き始める主人公を、『ラブ・アクチュアリー』や『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』のビル・ナイが務めている。
舞台は、1952年のロンドン。主人公は、中堅の官僚的な仕事をただこなすだけの日々を送る、典型的な英国紳士ウィリアムズ氏だ。上映前のあいさつでは舞台袖からその細い脚だけを出し、コミカルに踊らすなど生き生きとしたユーモアに満ちたビルだが、本作ではそれを封印。部下から「ゾンビ氏」とあだ名される死人のようなウィリアムズ氏が、本当の意味で生き始めるまでを抑制を効かせ、蕾がほころぶように美しく演じている。
脚本を執筆したのはノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロで、オリジナル版に忠実でありつつ、何の違和感もなくイギリスに舞台を移すことに成功していることに驚かされる。南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナスが監督を務め、『キャロル』『女王陛下のお気に入り』などのサンディ・パウエルが当時のクラシックな衣装の数々を再現した。
ビルとは『人生はシネマティック!』『切り裂き魔ゴーレム』などでも組んでいるプロデューサーのスティーヴン・ウーリーによると、彼とイシグロ、ビルでディナーをしたことからこの企画がスタートしたのだという。ウーリーは「イシグロは1940~1950年代のイギリス映画の大ファンで、ディナーの後、わたしたち一人ひとりに別々に、『生きる』をロンドンを舞台にリメイクするのはどうだろう? と告げたんだ」と当時を振り返る。
「それでわたしは『生きる』をあらためて鑑賞し、何て素晴らしいアイデアだと思った。『イシグロ、君が脚本を書くべきだ』と言ったら、『いや、脚本はあまり得意じゃないから』と言われてしまったけどね(笑)。だが実際、イシグロはこの時代にも、オリジナル版にも詳しく、彼にぴったりの題材だった。そしてイシグロと押し問答をした後、彼がこれをビルのために書いた。シンプルに言えば、この映画はビルのために書かれたんだ」とビルの当たり役となった理由を明かしていた。
『生きる LIVING』は、今年10月24日から11月2日にかけて開催される第35回東京国際映画祭のクロージング作品にも決まっている。2023年春に東宝配給により劇場公開。(編集部・市川遥)