激怒と賞賛!スイスイジりに賛否両論の18禁ハイジ映画に『女囚さそり』が与えた影響
スイスの児童文学「アルプスの少女ハイジ」をR18+指定のバイオレンスムービーに生まれ変わらせた映画『マッド・ハイジ』のヨハネス・ハートマン監督とサンドロ・クロプフシュタイン監督が、日本映画を含むジャンル映画への愛を込めた本作について語った。
高畑勲と宮崎駿による日本のテレビアニメ版でも知られる名作を、血と暴力とユーモア満載のバイオレンス映画としてアレンジした『マッド・ハイジ』。強欲な大統領マイリによってチーズ産業が独占されたスイスを舞台に、恋人のペーターや唯一の身寄りであるアルムおんじを奪われたハイジ(アリス・ルーシー)が復讐の鬼となり、母国解放のために立ち上がる。
スイス国内におけるこうしたジャンル映画の立ち位置について、ハートマン監督は「スイスでは今、誰もこうした映画を作ろうとしません。1970年代から80年代にかけてそうした映画を製作したスイス出身のプロデューサー(エルウィン・C・ディートリッヒ)はいましたけどね。国内では、ほとんどの映画が国の補助金で作られるので、ジャンル映画は、ドラマやアート系の作品ほど真剣に受け止めてもらえないんです」と明かす。
「むしろ、政治や社会に対する批判的なテーマを扱えるのがジャンル映画の面白いところだと思っています。表面的には娯楽映画でありながら、もっと本質的な意図を持たせることもできる。それこそ僕たちがやりたかったことです。とにかく、ハナから補助金を頼りにしていなかったので、クラウドファンディングで資金を募りました」
名作文学をベースにした刺激的な企画に、各国のジャンル映画ファンが反応し、日本を含む19か国から538人が参加し200万スイスフラン(当時のレートで約2億9,000万円)の資金が集まったという本作。ハートマン監督は「国外はもちろんですが、スイスの若い世代にとっても、いままでなかった、こうした国産アクション映画を観たいという思いがあったのだと思います」と語る。
半分は怒り、半分は絶賛
本作で描かれるスイスは、雄大な自然こそ牧歌的なイメージそのままだが、軍隊が国民を虐げ、違法な“闇チーズ”を捌く者は容赦なく裁かれるマッドシティ。囚われの身となったハイジは、囚人をチーズ漬けにする収容所で恨みを募らせ、血塗られた戦士へと変ぼうを遂げていく。
収容所で虐げられるハイジや、彼女の相棒クララの描写には、『女囚さそり』シリーズや『修羅雪姫』(1973)で梶芽衣子が演じた、復讐者のイメージが見てとれる。「ご指摘の通り、僕らは『女囚さそり』や『修羅雪姫』のような日本映画が大好き。だからクララ役には日系の俳優(アルマル・G・サトー)をキャスティングしたんです。原作のクララはドイツから来た外国人という設定でもありますからね」というクロプフシュタイン監督は「収容所のクララの囚人ナンバーも、『さそり』と同じ701なんですよ!」と笑みを浮かべる。
女性が虐げられるハード描写をはじめ、“スイスあるある”をイジりまくるギャグや、チーズを使った謎の拷問や下ネタも満載で、クロプフシュタイン監督は「チーズを使ってかなりグロいこともしました。撮影では、本物とフェイクのチーズを半々ぐらい使ったかな。もちろん、僕は好きですよ(笑)」と苦笑するが、スイス国内からも、さまざまな反応があったという。
「保守的な人たちから、多文化主義的なプロパガンダだという批判をされる一方で、最高に気に入ったという声もありました。リベラルな人たちからも、人種差別的で性差別的だという声が上がる一方で、痛快なフェミニスト映画だという評価もあった。つまり、人々を徹底的に怒らせながら、喜ばせることにも成功したと言えます」
「もともと僕らのゴールは、50%の観客に大ウケして、残り50%の観客は最低な映画だとこき下ろすような、両極端な反応が返ってくることでした。実際にスイス国内ではそうなったので、目的を達成できたことに誇りを持っています」
ハリウッドスターもノリノリ!
そんなインディペンデント魂が込められた本作には、意外なハリウッド俳優も出演している。特に注目なのは、本作の最大の敵でもある大統領マイリを演じているのが、『スターシップ・トゥルーパーズ』のキャスパー・ヴァン・ディーンという点。
ハートマン監督は「大統領役には、20年くらい前に人気のあった大物をキャスティングしたいと考えていました。しかも、ハンサムな人がクレイジーなマイリを演じればよりバカらしくて面白いと思っていて、僕らは『スターシップ・トゥルーパーズ』の大ファン。そこでキャスパーに脚本を送ったら、気に入ってくれたんです」と明かす。
劇中でキャスパーは、おバカでクレイジーなマイリをイメージを覆す勢いで演じており、クライマックスで体をはった衝撃的なシーンにも挑戦。撮影現場では常にノリノリだったといい、「キャスパーはもともとこういったタイプの映画が好きみたいで、何でも躊躇なしでやってくれました。クルーからの評判もすごく良くて、超クールな人でしたね。僕らが抱いていた“ハリウッド俳優”に対する心配や懸念を完全に払拭してくれました」
続編とこれから
「クラウドファンディングのおかげで、スイス国内だけでも、何百人という人たちがこの映画の完成を見守ってくれました。撮影でエキストラが必要になったら、Facebookで呼びかけるだけで人が来てくれるんです」とファンに感謝する両監督。
ハートマン監督によると「ただ、映画が成功したら、大物プロデューサーが『この脚本で映画を撮らないか』と言ってくるといった、ハリウッドのようなことはスイスではほぼ起こりません」ということだが、『マッド・ハイジ』の続編には前向きだ。
「長編映画監督としての僕らのキャリアは、期待を上回るスタートを切れました。もちろん続編を作りたいと思っていますし、プロデューサーのヴァレンティン・グルタートも、また僕らと仕事をしたいと言ってくれています」と明かしたクロプフシュタイン監督は「ただ、パート2に取り掛かるまで、もう少し間を空けようと決めています。これから日本で公開を迎えるように、まだ『マッド・ハイジ』を大切に育てる段階。それに、やはり前作を超える作品にしたいと思っているので時間をかけて取り組もうと思っています」と意欲を見せた。(編集部・入倉功一)
映画『マッド・ハイジ』はヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほか全国公開中