「光る君へ」まひろと道長、秘密の廃邸は「源氏物語」から着想 月の雫降り注ぐラブシーンの裏側
吉高由里子主演の大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合・日曜午後8時~ほか)で、吉高演じる主人公・紫式部(まひろ)と、藤原道長(柄本佑)の秘密の逢瀬の場所として登場する廃邸。「源氏物語」から着想を得たという本シーンの裏側を、美術の山内浩幹、枝茂川泰生、羽鳥夏樹が明かした。
本作は、平安中期の貴族社会を舞台に、のちに1,000年の時を超えるベストセラーとなった「源氏物語」を生み出した紫式部の生涯を、大河ドラマ「功名が辻」(2006)や、社会現象を巻き起こした恋愛ドラマ「セカンドバージン」(2010)などの大石静のオリジナル脚本で描くストーリー。美術のチーフを務める山内はこれまで「軍師官兵衛」(2014)、「麒麟がくる」(2020~2021)など多くの大河ドラマを手掛け、枝茂川は「花燃ゆ」(2015)、「麒麟がくる」、羽鳥は「真田丸」(2016)、「西郷どん」(2018)などの美術を担当。大河ドラマ「青天を衝け」(2021)、「鎌倉殿の13人」(2022)などに参加し、本作の建築考証を担当する広島大学名誉教授・三浦正幸の意見を得ながらセットの構築を進めていった。
山内が「宮中の豪華なセットとは対極とも言え、このドラマで非常に大事な場所として表現されている」と話す廃邸。元は貴族の屋敷であった場所が風化して荒れ果てた空間で、幼いころから惹かれ合い、数奇な縁で結ばれたまひろと道長が逢瀬を重ねてきた。第5回「告白」ではまひろが道長に母ちやは(国仲涼子)を殺害したのが道長の兄・道兼(玉置玲央)であったことを告白。第10回「月夜の陰謀」では道長が駆け落ちを決意し、まひろに抑えられない思いを告げた。第18回「岐路」では偶然、この地で再会した二人が声なき言葉を交わす切ない場面が展開。とりわけ道長にとっては、唯一本当の自分をさらけ出せるかけがえのない場所として描かれた。
なぜまひろと道長の逢瀬の場所を廃邸としたのか。その理由について山内は「そもそも台本の場面設定で廃邸と書かれていました。そこで時代考証の倉本一宏先生が、まひろと道長が会う場所であれば、六条に設定するのはどうかと助言をくださった。そうすると『源氏物語』の『夕顔』のエピソードともリンクするからと。そこからもののけが取りついたかのような幻想的な空間というのがおのずと浮かび上がっていって。綺麗すぎても汚すぎてもいけない非常にバランスの難しい中で、こういうセットが生まれました」
一方、セットのデザインを担当した羽鳥は身分差のある二人があらゆるしがらみから解き放たれるシチュエーションにしたかったとも。
「まひろと道長が身分差があってなかなか会えないという状況を飛び越えるシチュエーションが欲しいという思いがありました。『源氏物語』を想起させる場面を二人の逢瀬の場所として美しく表現しました。その荒廃感が宮中や貴族の邸宅などの煌びやかなセットとの明確な対比にもなります」
羽鳥いわく、廃邸のシーンのキーワードとなったのが「諸行無常」。まひろと道長の儚い感情を表すものだといい「加えて、この場所に関してはこの世ともあの世ともわからない幻想的な世界観で勝負したいという狙いがありました」とも。
廃邸のシーンで目を引くのが、時に霧が立ち込め妖しい雰囲気が漂う池。山内は「この世ともあの世ともつかない三途の川、極楽浄土への水、あるいは男女の揺らぎの象徴というふうにも取れます」と話し、羽鳥は池のヒントになった場所を挙げる。「平安神宮に東神苑という庭園があるんですけど、そこに泰平閣という建物がありまして、池の真ん中に庭園を見渡せる橋殿があります。まひろと道長が離れたり遠ざかったりという表現においても、ここだったら吉高さん、柄本さんがお芝居としてやりやすいのではないかと」
主演の吉高もセットに池があることに驚いていたが、いったいどのようにして作ったのか。羽鳥は「企業秘密です」と言いながら、「へりを作るんです。5寸角の木材でヘリを作って、特大のビニールシートを敷き、その中に水をためる。(まひろの父・藤原)為時邸の場合は水が透明だったりするので、 その下に岩肌っぽいシートを作って敷いたりとか、下に砂利や岩を入れたりしてそれらしく見せています」と裏側の一部を明かす。
大きな池に見えるが、実は水の深さはたったの15センチ。枝茂川は「何もないフラットな状態から15センチの水を入れて、ちょっと深そうに見せる表現力っていうのはNHKの技術ならではだと思います」と自信を見せる。
まひろと道長が結ばれた第10回では幻想的な演出を得意とする黛りんたろうの手腕が冴えわたった回で、羽鳥は二人のラブシーンの裏側をこう語る。
「第10回では荒廃し木々に侵食され崩れ落ちてしまった屋根の穴から月光が差す……といったイメージ。『源氏物語』の絵巻の世界を思わせるような、セットが1枚の絵画に収まるような素敵な空間にしたいと思っていました。演出の黛りんたろうさんたっての希望で、月から雫が滴って2人を見守っているというような幻想的なシチュエーション。特殊な効果のあるスモークを焚いたり、照明効果をうまく利用して逆光で周りがちょっと見えづらい、おぼろげな雰囲気を美術・照明・特殊効果の三位一体で表現した形です」
ベテランの山内も黛の提案には驚いたといい、「皆にイメージを伝えるときに、まず最初にまひろが横になって見上げたら穴の開いた屋根から満月が見えるようにしたいと。一瞬“えっ!”って(笑)。度肝を抜かれましたが、なるべくそのイメージを表現できるように我々美術は穴の開いた屋根をデザインし、照明さんはそこから月光が降り注ぐようにプランを立てていく。そうこうするうちに、撮影の本番近くになった時に、黛さんが今度は“月の雫を降らせたい”と言い出して(笑)。これが月のかけらなのか雫なのか、何なのかは視聴者の方々の想像にお任せするということで」と、内裏や貴族の邸宅とは一味違う、思い入れのあるセットの裏側を明かした。(編集部・石井百合子)