『誰よりもつよく抱きしめて』ロケを下北沢から鎌倉に変更 内田英治監督、映画オリジナルシーンの裏側語る

伊藤沙莉がブレイクする前からと数々の映画で組み、草なぎ剛がトランスジェンダーの主人公を演じた『ミッドナイトスワン』(2020)や土屋太鳳主演のスリラー『マッチング』(2024)など、幅広いジャンルのヒット作を生んできた内田英治監督。新作は、新堂冬樹の小説を三山凌輝と久保史緒里(乃木坂46)のダブル主演により実写映画化したラブストーリー『誰よりもつよく抱きしめて』(公開中)。本作の裏側を、原作からのアレンジを中心に語った(※一部ネタバレあり)。
本作は、愛する人と触れ合うことができない男女3人が織り成すストーリー。朝ドラ「虎に翼」(2024)のヒロインの弟・直明役も記憶に新しい三山が、強迫性障害による潔癖症から常にビニール手袋着用で生活し、同棲する恋人にも手すら触れることができない絵本作家・水島良城に。乃木坂46のセンターも経験し、内田監督と映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』(2022)、ドラマ「落日」(2023・WOWOW)に続いて3作目のタッグとなる久保が、良城の恋人で彼の病を理解しつつも葛藤する書店員の桐本月菜に。そんな月菜の前に現れ、物語を大きく動かすこととなるキーパーソンのイ・ジェホンを、韓国のボーカル&ダンスグループ・2PMのメンバー、ファン・チャンソンが演じている。
内田監督と原作と出会った際に魅力に感じたのが、主人公のカップルが「グレー」であるところだったという。
「良城が同じ病を患う千春(穂志もえか)を月菜の留守中に家に上げてしまったり、月菜が良城とうまくいかなくなってジェホンに甘えたり。追い詰められた状況で他に居場所ができた、あるいは現実的な選択肢を得られれば誰だって揺れ動くものですよね。恋愛は主観。第三者の意見なんかどうでもいいわけで、本人がどう思うか。例えば、僕はマーティン・スコセッシの『カジノ』(1995)っていう映画が大好きなんです。成功者のロバート・デ・ニーロがシャロン・ストーンに惚れる。でも彼女はデ・ニーロを選ばずに、昔なじみのジャンキーでどうしようもないジェームズ・ウッズが好きで忘れられない。人って“こっちの方が幸せになれそうだから”“お金を持っているから”とかそう簡単に割り切れるものでもなくて。その人と一緒にいたら不幸になるとわかっていても選んでしまうことだってある。今回の作品も、スタッフの間で“早くジェホンの方にいっちゃえばいいのに”という声が出ていました(笑)」

原作と映画で大きく異なるのが、良城と月菜の年齢設定。原作の二人は30代で既婚だが、映画では20代で同棲中の恋人。この変更点には二つの理由がある。
「一つは20代の三山さん、久保さんのキャスティングをしたこと。それと、近所を歩いていた時に若いカップルが“うちらコロナなかったら人生違ってたよね”といったようなことを話しているのを聞いていて、やはりやるなら若い役者でやりたいと」
そして、ジェホンは原作では同性愛者の日本人という設定。映画では「人を愛したことのない」韓国人となっている。
「なるべく自分の映画に多種多様な国の方に出てほしいと思っていた時期だったことと、日本人の三角関係よりも刺激的なイメージになるのではないかと。実際、韓国、台湾、中国の方と付き合っている人は多いはずなのに、映画ではあまり描かれない。それはなぜかというと、おそらく現実的になかなかスターを起用できないから。今回は運よくチャンソンに出会えた。初めは、彼がめちゃめちゃかっこいいので大丈夫かなと思ったんですけど。“こんな人がそこら辺を歩いているものだろうか”とちょっと心配だったんですけど、喋ったり一緒にご飯を食べたりすると、たちまち“普通のお兄ちゃん”になるので問題ないなと」

ロケは主に鎌倉で行われたが、当初は下北沢を予定していたとのこと。この変更により映画のルックが劇的に変わることとなった。
「きっかけは、月菜が働く絵本専門店『夢の扉』を、鎌倉にあるしかけ絵本専門店『メッゲンドルファー』で撮らせてもらえたこと。もう、これは奇跡としか言いようがない。スタッフがずっと探してくれていたんだけど、当然近代的な本屋さんばかりで。見つからなくてセットで作るお金もないし、どうしようかと困っていたときに最後の最後に見つかった感じです。経営されている方がとても優しくて、僕もスタッフもたくさん絵本を買っちゃいました。最初は下北沢で撮ろうと思っていて、良城と月菜をサブカルカップルのようなイメージで書いていたんです。でも、今の下北は下北っぽくないし、本屋を探していたら鎌倉で見つかって海もあるし……と。結果的に鎌倉にしてよかったです」
なお、鎌倉の撮影で劇的な効果をもたらしたのが踏切での撮影。良城と月菜、ジェホン、千春の4人がいわゆる“修羅場”を迎えるシーンだ。
「鎌倉は踏切が多い町なので、良城と月菜の気持ちが踏切によって遮断されるというのをロケハンのときに思いついた感じです。本人たちも感情移入してるからか、特に三山くんの“ガーン”という表情は現場で見ていてもリアルで切なかったですね。ただこのシーン、踏切なのであまり長い時間をかけられず、俳優たちは気持ちを作るのが大変だったと思います。電車もしょっちゅう来るし、カメラマンが光の加減含めかなり計算していて“一番いい瞬間”を狙っていた。久保さんもその場でローディングするタイプの俳優なので苦労されたんじゃないかと」
鎌倉らしく電線や海のショットも多用されているが、なかでも海には内田監督の格別な思い入れがある。海はこれまで『ミッドナイトスワン』『サイレントラブ』(2024)などにも登場しているが、本作では「人と対極にあるもの」としてイメージしたという。
「波の映像もたくさん撮っていて、初めはたくさん差し込んでいたんですけど実験映画みたいになってしまったので(笑)、だいぶ減らしました。僕がブラジルの海の前で育ったこともあって、個人的に海がすごく好きなんです。僕としては、海って流れるままにというイメージがあるんですよね。この作品では主人公2人の恋愛、ストーリーとは対極にあり、制御できないもの。流れるままにゆらゆら揺れていく、本来みんなそういう風になった方がいいんだけど、結局はできない。僕の趣味でもあります」
映画公開が相次ぐ内田監督。今年は松竹配給のタイトル未発表の新作が控えている。(取材・文:編集部 石井百合子)