『少年と犬』高橋文哉に優作、ショーケンら往年の青春スターの面影 瀬々敬久監督が語る

映画『少年と犬』(公開中)で、東日本大震災により職を失った青年・和正を演じた高橋文哉。近年『交換ウソ日記』(2023)、『あの人が消えた』(2024)など主演映画が相次ぎ、俳優としてのキャリアを着実に積み上げている印象のある高橋だが、メガホンをとった瀬々敬久監督は、高橋にある期待を持って作品に臨んだという。名匠は高橋のポテンシャルにどんな思いを持っていたのだろうか……? 胸の内を語った。
馳星周による直木賞受賞作を実写化した本作。高橋は、自分の思いとは裏腹に危険な仕事に手を染めていってしまうなか、震災で飼い主と離れ離れになってしまった犬の多聞との出会いにより、人生を軌道修正していこうともがく青年・和正を演じている。
瀬々監督は、これまでの高橋が出演してきた作品を観て「フィクション度が高い俳優」という印象があったといい、「華もあるしお芝居もいい、きれいな顔をしている」と端正なルックスに目がいってしまいがちだったと振り返る。
そんな高橋に対して瀬々監督は、松田優作や萩原健一、水谷豊ら名だたるスターを挙げると「僕らの時代の青春スターといえば、優作やショーケンなわけで。僕は高橋くんに彼らのような青春スターになってほしいと思っていたんです」と話す。

そのために瀬々監督は「ただ格好いいだけではなく、ちょっとやんちゃなことまでやるのが彼らのいいところ」と往年のスターたちに触れると「この映画でもそういった部分を高橋くんに演じてほしかったんです」と演出意図を明かす。
瀬々監督の言葉の通り、物語の入りではやや崩した感じの和正が見られる。「やんちゃな感じで入りつつも、最後は真面目に場を盛り上げて感動作にしていくというのが、大体スター俳優のパターン」という法則のもと、瀬々監督も高橋にそういった役割を期待した。
しかし「高橋くんは今日の若い子なので、東日本大震災を題材にしている部分で構えてしまっているところがあり、序盤の和正のキャラクターに“えっ、こんな感じなんですか”と少し戸惑っている様子でした」と高橋の真面目さに触れる。
それでも瀬々監督が演出意図を説明すると、高橋は理解して和正のキャラクターを作り上げたという。瀬々監督は「僕らが感じていた青春スターの幻影みたいなものが託されたキャラクターになっていると思います」と語ると「しっかりと画力を持った俳優さんなので、少し崩すことでより幅が広がる。だってあんなに可愛くてきれいな顔をしていて、ただ格好いいだけだと鼻につくじゃないですか。二面性を出せればより魅力が増すと思うんです」と高橋のポテンシャルの高さを認めつつ、さらなる飛躍への期待を口にしていた。

実際に完成した作品を観たとき、瀬々監督は「前半と後半の高橋くんの佇まいはかなり変わっている。その変化は彼の能力。今後、すごく伸びしろがある俳優さんだと思います。ショーケンや優作のようになってほしいですね」とエールを送っていた。
昭和の時代のスターである松田や萩原は、やや型破りな一面も持つ。瀬々監督は「まあ『勝手に託すなよ』と言われてしまうかもしれませんが」と笑うと「でもいまの時代は、なかなかそういうスターが出づらい時代になっていますよね。生きづらい世の中」と令和という時代の閉塞感を慮る。
そんななか、瀬々監督は「今回子供のオーディションもあったのですが、いまの小学生は東日本大震災といっても実感がない。もう14年も経っていますからね。言ってみれば歴史上の出来事。子供たちにとっては『こんなことがあったんだ』というものなんです」と現状を冷静に捉え、「そういった歴史のような話を、知らない子たちに伝えるという語りの物語にしたかったんです。その目論見は果たせているのかなと思っています」と作品に込めた思いを語った。(取材・文:磯部正和)