「べらぼう」馬面太夫に見る役者への差別 吉原の基礎設定担当する演出・小谷高義が語る

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(毎週日曜NHK総合よる8時~ほかで放送中)の3月16日放送・第11回では吉原の一大イベント・俄(にわか)祭りの前日譚が描かれ、その中で寛一郎演じる富本節で人気の富本豊志太夫(午之助)(※第12回からは富本豊前太夫)を通して役者への差別が浮かび上がった。その事情や富本豊志太夫(午之助)を演じた寛一郎の魅力について、同回の演出を務めた小谷高義が語った。
本作は、喜多川歌麿、葛飾北斎、山東京伝、滝沢馬琴、東洲斎写楽らを世に送り出し、“江戸のメディア王”として時代の寵児になった蔦屋重三郎(横浜流星)の生涯を描くストーリー。脚本を、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(2017)やドラマ10「大奥」(2023)などの森下佳子が務める。小谷は本作で吉原の基礎設定を担当。吉原細見をもとに店の配置を読み解き地図を再現したり、「雛形若菜初模様」(女郎の錦絵)の取材をしたり、吉原文化のリサーチを担った。
第11回では、吉原のプロモーションに励んできた蔦屋重三郎が俄祭りを盛り上げるため、女性にカリスマ的な人気を誇る富本豊志太夫(午之助)に接触。祭りに出てもらいたいと頼むも、吉原は好かないとあっさり断られてしまう。やがて蔦重は、彼がかつて女郎屋・若木屋を訪れた際に叩き出されたことを知る。当時、役者は吉原への出入りを禁じられていたというが、小谷はその事情をこう語る。
「役者って特に歌舞伎役者のことを言っているんですけど、彼らは『四民の外』と差別される側面があったんです。要は士農工商ではない人たちということです。江戸時代、田沼意次の時代になると経済は相当発展していたので、稼ぐ人はかなり稼いでいた。その中でつらい立場にあったのが武家。年貢が米しかなくて、米の値段がなかなか上がらない。かたや儲けていたのが一部の商人。役者と同じく『四民の外』とされていた吉原もドラマ上では一時期苦しい期間はあったけれど“日に千両落ちる”と言われるぐらい稼いでいた。それと、日本橋の魚河岸。もう一つが役者なんです。稼いでちやほやされていたので、お上や町の人たちはそんな彼らにいい思いばかりさせたくないわけです」
実際、役者が吉原で女郎を買うことは禁じられていたようだが、小谷は「吉原に来る客も様々で、汗水たらして稼いだお金で女郎を買っている者からすると、役者が同じように買うのは許せないっていう風潮があったのかもしれない」と推測する。
「役者の錦絵が売られるということは、それだけ人気があったということ。あこがれの存在でありながら、自分たちのそばには来てほしくないということなのか。それは現代にも通じることだと思うんですけれど、すごく稼いでいたり、成功している人はどこかで悪いことをしているんじゃないかとか、妬みの対象になりがちですよね」

ところで、寛一郎演じる富本豊志太夫(午之助)は浄瑠璃の一種である富本節の太夫だが、ドラマでは富本節のシーンをどのように構築したのか。
「富本節は浄瑠璃の流派の1つなんですけど、芸能指導を担当されている友吉鶴心さんとお話しした中では、語っていた言葉は残されているけれど、当時どんな節をつけられていたかの詳細はわからないだろうと。推測できることとしては、富本節は恋の歌が多く、そうしたところから人気が出たのではないか、また、“馬面”というニックネームが残っているぐらいなので相当な売れ方をしたのだろう、と。脚本の森下(佳子)さん、友吉さんとお話しする中で富本のイメージとして“品と色気”を表現したいと考えました」
その馬面太夫に寛一郎を起用したことについては、まとう空気やニュアンスを重視したという。
「品と色気を表現していただける方というのは前提にありつつ、まだ新興勢力であった富本豊志太夫(午之助)のフレッシュさと勢いを体現できる方と思ってオファーさせていただいています。きっとご本人はすごく大変だったと思うのですが、果敢にチャレンジしてくださり求めていたものよりもぐんと上のところに行っていただいたなと思います。野太いとか、低いとか、遠くまで届けるための発声もありますが、切なさだったりニュアンスをどうするのかということを大切に考えていただいた感じです。彼でないと表現できない域だったと思いますし、新たな試みを成し遂げていただけたと思います」
脚本には馬面太夫に関して「ロックスターの風格で」とのト書きがあったが、小谷は「ロックスターのイメージにこだわらなくていいと思えた」と話す。
「寛一郎さんとお話ししたり、衣装合わせをするなかで、彼だからこその富本豊志太夫(午之助)を目指すために“この台本を読んでどのように演じたいのか”を掘り下げられればと考えていきました。寛一郎さんには、“自分がやるなら大きな声を出したり威圧的な雰囲気ではない”と明確なイメージがあるようで、面白い方だなと感じました。舞台以外のところでも、例えば出待ちする女性客がキャーキャー騒ぐところでどういう反応をするのか、といったこともいろいろ試してくださいました。ご自身が解釈した馬面太夫像をふまえると、にこやかに応対してもいいのではないかと。説得力のある表現になったと思います」
小谷いわく馬面太夫は蔦重と終生付き合っていく仲。彼が登場する第11回以降、蔦重が吉原の外を見る展開になるという。
「蔦重がプロデューサーとして動き出した時に、馬面太夫が一世を風靡したわけですが、第11回の時点ではまだ富本節が勢いに乗り始めた段階で、常磐津や長唄とか他の流派に押されている、いわば新興勢力。そんな彼が蔦重と一緒に流れに乗ったというか、相乗効果で成功した。ドラマでは蔦重にとって一番身近だった女郎の瀬川が身請けされて吉原の外に出るまでの過程で吉原の厳しい現実を描き、今後は蔦重が吉原の外に目を向けていくんだなと思っていて。その一つが馬面太夫をはじめとする役者の話。ステップアップするためには俄祭りもそうですが、新しいことに挑戦することが必要になる。その中では、吉原もまた四民の外であるという厳しい現実に直面していくことになります」
3月23日放送・第12回では、吉原の一大イベント・俄祭りが描かれる。祭りの覇権を巡り、若木屋(本宮泰風)と大文字屋(伊藤淳史)が争う一方、蔦重は祭りを描く本の執筆を平賀源内(安田顕)に依頼。すると、喜三二を紹介される。(取材・文:編集部 石井百合子)