サードシーズン2008年4月
私的映画宣言
ヴィンチェンゾ・ナタリ監督の新作『Splice』の取材で厳寒のトロントに初上陸! 5日間みっちり取材をさせてもらい、監督ほか主演のサラ・ポーリーやエイドリアン・ブロディにも無事インタビューすることができました。革新的でセンセーショナルなSFホラーになること間違いなし!
映画が「仕事」になってから、「趣味」を尋ねられると「プロ野球観戦」と答えています。4月になると中継に一喜一憂して、仕事が手につかなくなるときも……。目下の楽しみは、新しくなった神宮球場でおいしいビールを飲むこと!
『テネイシャスD 運命のピックをさがせ!』を試写で観て大興奮。翌日、春物の洋服をショッピングするはずが、なぜかメタリカ及びモトリー・クルーなどのロックTシャツを大人買い。さすがにオジーのは自主規制。
明け方まで飲んで迎え酒を飲む――これを映画でできないかと思い、友人たちと朝イチで『クローバーフィールド/HAKAISHA』を観賞。毒をもって毒を制す(?)なのか意外な効果があって、晴れやかな気分で映画館を後にできました♪
この春、昔から心のヒーローだった某スターやら悪女役で名高い米国女優やら充実の取材でホクホク。中でも4月公開の『譜めくりの女』のドゥニ・デルクール監督は最高。ゾッとするような愛憎劇を作っているのに、本人はとっても陽気なフランス人。必ずしも作品は作った人を表さないのだなー……。
つぐない
ブッカー賞作家イアン・マキューアンのベストセラー小説を、映画『プライドと偏見』のジョー・ライト監督が映画化。幼く多感な少女のうそによって引き裂かれた男女が運命の波に翻弄(ほんろう)される姿と、うそをついた罪の重さを背負って生きる少女の姿が描かれる。運命に翻弄(ほんろう)される男女を演じるのはキーラ・ナイトレイと映画『ラストキング・オブ・スコットランド』のジェームズ・マカヴォイ。映像化は困難と言われた複雑な物語を緻密(ちみつ)な構成でスクリーンに焼きつけた監督の手腕に注目。
[出演] キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、シーアシャ・ローナン
[監督] ジョー・ライト
原題の「贖罪」(しょくざい)が表す通り、痛切でヘビーな大河ロマンだ。鑑賞後、心の中で消化するのに時間を要する。つぐなう主が話の本流の脇にいるという、キャラクター配置の意表の突き方も大胆不敵。空想好きでイマジネーション豊かな少女の過ち。自業自縛とはいえ、あがない切れないほどの根深い罪悪感を抱えて生き続けなければいけない彼女のその運命は、想像するだに恐ろしい。究極のラブストーリーとまではいかないが、美しく刹那(せつな)的なラブシーンが、心に突き刺さる。みずみずしく透明感あふれる若干14歳のシーアシャ・ローナンは、大物の器。
いくつもの視点や、時間軸の巧みな操作で、受け手のイマジネーションが刺激される。これって、うまい小説を読んだときによく感じることだが、本作は、そんな小説の魅力をバッチリ映像にしてみました! という見本のような仕上がり。姉妹それぞれの視点が、ブレたり、一つになったりする構成が見事な分、クライマックスの「つぐない」行為があまりに悲しくて、切なくて……。心ゆさぶられた結果、キーラ・ナイトレイのギスギスボディーなど細かい難点は忘却の彼方へ!
何だかんだ言って、キーラ・ナイトレイは才能がある。こういうクラシックな作品で違和感なく、存在できる若手美女はそういない。本作はいろんな伏線がこれでもかこれでもかと敷かれている、最高のサスペンスなのだが、この邦題だとド真ん中ラブストーリーと思われ、男性に敬遠されそうで心配。逆に女性には妙に迫力ある戦場シーンがショッキングかも。妹役を演じる三世代の女優が全員同じ髪型で、しかも似合っているのが少々ウケる。
悲恋と贖罪(しょくざい)がテーマとしてあって、うそが引き裂く過酷な前者の方は巧みな脚本と挑発的なスコアの相乗効果でバシバシ体内に入ってくるけど、タイトルにもなっている方のデカいテーマは映画全体を包み込むような構成で語られるせいか、鑑賞直後は伝わり切らなかったかなぁ。ただ、ジョー・ライト監督とキーラ・ナイトレイはコンビ的な相性がいいようなので、このまま文芸ロマン大作をとりあえず作り続けていってほしいと思います。
あらすじだけ聞くと、昼メロテレビドラマになってもおかしくないストーリー。しかし、少女の嫉妬(しっと)とカン違いの末に犯した過ちが事実はどうだったのかを、二重三重の仕掛けで描く。そのスリリングな演出には、ジョー・ライト監督の素晴らしい手腕に敬服。映像の美しさも息をのむほどで、とくにラストシーンにはホロリときた。キャー、ジェームズ・マカヴォイに萌える。しっかし、コスプレ好きのキーラにはぼう然。鶏ガラのような体で肌を見せたがる自信はどこから? ちーとも色気を感じないのだが。
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
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映画『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』のポール・トーマス・アンダーソン監督の最高傑作との呼び声も高い、石油採掘によってアメリカン・ドリームをかなえた男の利権争いと血塗られた歴史を描いた社会派ドラマ。原作は1927年に発表された、社会派作家アプトン・シンクレアの「石油!」。映画『マイ・レフトフット』のオスカー俳優ダニエル・デイ=ルイスが、冷徹な石油王が破滅していくまでを熱演。人間の計り知れない欲望や恐怖を、改めて思い知らされる。
[出演] ダニエル・デイ=ルイス、ポール・ダノ、ケヴィン・J・オコナー
[監督] ポール・トーマス・アンダーソン
靴職人俳優に2度目のオスカーをもたらした野心的な異色作。彼が演じたダニエル・デイ=ルイスは、映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』で演じたブッチャーとの相似性を感じるが、ある意味限界突破。その別次元レベルの壮絶パフォーマンスには、ただひれ伏すしかない。音楽は映画『シャイニング』調のおどろおどろしいものなのだが、ダニエルの大仰で過剰な演技と、狂気と緊張感から生まれる弛緩(しかん)と笑いはさながらコメディー。そして牧師と石油王の執拗(しつよう)なやりとりはまるでコントみたい。いやあ、笑った笑った。ともあれ、ポール・トーマス・アンダーソンは新たな境地に達したようだ。
何なんだ、この鬼気迫る演技と重厚な映像は? そして、この後味悪すぎるラストは? 2時間38分、常に超インパクト、超重量級で押しきる演出にひれ伏すしかない。マイナス1点は、主人公の激情&欲望への執着に共感できないのと、宗教へのリンクがやや強引に感じたから。油井の事故を知って息子を助けるべく駆けつけ、油まみれになるダニエル・デイ=ルイス。そのシークエンスのカメラの動きと演技、音楽の融合は、奇跡のような映画的興奮を呼び起こす!
2時間38分、ノンストップで迫ってくるダニエル・デイ=ルイスの俺様演技。生で一人芝居を見せられているような濃密な時間であり、ぜいたくといえばぜいたくだが、観終わった後はぐったり。ただ血が油のように濃縮したオヤジ俳優ダニエルの対抗馬に若手のポール・ダノはまだ適役だったのかどうか。こちらはダノ自身がとても癖のある俳優なため、彼が演じる二役を同一人物の二重人格者なのかと勘ぐり、頭がこんがらがってしまった。不覚。
アメリカン・ドリームの負の側面を体現したダニエル・デイ=ルイスの“圧倒的な怪演がすべて”のように語られてしまいがちなのは、PTA的にはどうなんでしょ? 確かにダニエルなしには成立しえない成功と破滅の一代記で、期待通りというか予想通りのドラマは、演者依存の性質が強いことも否めまい。しっかし、アカデミー賞の会員って本当にモンスターが大好きだなぁ。そして個人的にも何かの権化が暴れる映画に目がないです。
観終わった後、近年これほどグッタリした作品はないっ! もっとも退屈というのではまったくなくて、むしろその逆。心かき乱すような音楽とともにつづられる「石油」というアメリカン・ドリームにとりつかれた男のすさまじい生きざまに、冒頭から目はくぎ付けになった。演じているダニエル・デイ=ルイスも顔を黒くテカらせて、どんなに成功しても満足せず、品性は野卑なままというしょせん成り上がり者の悲哀もにじませる。皮肉たっぷりのクライマックスまでルイス、一世一代の大芝居。これを観ずして何とする!
チャーリー・ウィルソンズ・ウォー
1980年代に実在したテキサス出身の下院議員チャーリー・ウィルソンが、世界情勢を劇的に変えた実話を映画化したコメディータッチのヒューマンドラマ。映画『卒業』のマイク・ニコルズがメガホンを取り、アフガニスタンに侵攻したソ連軍を撤退させてしまう破天荒な男の姿を描く。主人公をトム・ハンクスが演じるほか、ジュリア・ロバーツ、フィリップ・シーモア・ホフマンらアカデミー賞に輝く演技派が脇を固める。お気楽な主人公が世界を変えてしまう奇跡のドラマに注目。
[出演] トム・ハンクス、ジュリア・ロバーツ、フィリップ・シーモア・ホフマン
[監督] マイク・ニコルズ
アフガニスタンからソ連を撤退させた功労者であり、同時に後のタリバン政権のテロリストとなるゲリラたちを訓練した男が、チャーリー・ウィルソンだ。これはシニカルなドラマなれど、黒いユーモアに満ちた作品。しかも実話だというのだから、あきれるを通り越して笑うしかない。9.11やイラク戦争がこの男の責任だとは糾弾できないが、世界に多大なる負のインパクトを与えたのは事実。ただ、彼は実在し存命中ということもあり、どうも好意的にいい側面しか描いておらず、どす黒い内幕が隠ぺいされ表層的でポリティカリー・コレクトなハリウッド映画に仕上げました。という感が強く、どうも引っかかるものがあった。
酒と女が大好きで、性格は妙に能天気。機転が利き、会話術やネゴはたぐいまれな才能をもつ議員。これはもう、トム・ハンクス以外に考えられないハマリ役でしょ。さらに美人秘書軍団など痛快要素もあるのに、なぜか話が弾まないのは、観る側にとって、コメディーなのか、人間ドラマなのか、いつまでも判然としないから!? 作り手はシニカルさを狙ったのだろうが、主人公のモデルが存命中だからか、戦争の陰のヒーローとして美化し過ぎ。最後までモヤモヤが消えなかった。
実話がベースになっているだけにコミカルにもシリアスにも転べなかったのか、どっちつかずな印象。どこまで事実なのかはわからないが、結局は9.11を引き起こす発端になる事件にもかかわらず、このお気楽議員は、悪くなかったといった調子の美談で終わせようとしているのにも鼻白んだ。トム・ハンクスもジュリア・ロバーツもいつも通りの想像つく演技。フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が素晴らしいとはいえ、それも想定内。
実話が基な上に、やがてアメリカがたどる史実を踏まえると、世界を変えた奇跡の仰天エピソードって、まともな精神状態では正視できないのでは? と思うが、何しろ主演がトム・ハンクスなので中和効果は絶大。たるんだ二重アゴでアフガン支援を語るチャーリーには説教くささや愚痴(ぐち)っぽさがまるでなく、アメリカには大いなる誤算だったかもしれないが、マジで善意が行動原理に見える。それだけに皮肉な顛末(てんまつ)が余計に悲しいのだけど。
美人秘書集団を前にニヤつくトム・ハンクス。“アメリカの良心”を体現してきた彼が、こんな俗っぽいオヤジ政治家を演じることに驚いた。もっとも、こんな男だから、ソ連のアフガン侵攻を阻止しても、後はやりっ放しで、結果、9.11が起きる一因になったのかと納得。マイク・ニコルズって、とっくに終わった監督と思っていたら、テレビドラマ「エンジェルス・イン・アメリカ」、映画『クローサー』と盛り返し、今回はジュリア・ロバーツに猛女を演じさせ、大人の女の芝居をさせている。お見事。