サードシーズン2011年11月
私的映画宣言
ヒュー・ジャックマンがブロードウェイにカムバック! 観たいけど、先立つものが……。こういう舞台は世界中のファンのためにDVDにしてほしいわ~。
●11月公開の私的オススメは、『サルトルと ボーヴォワール 哲学と愛』(11月下旬公開)。おしゃれピープルがあこがれるステキなカップルの実態は共依存関係だった!? 真相はわからないけど、実存主義的恋愛の本質は多分こうだったんだろうな。
おいっ子の小学校に運動会を見に行ったら創作ダンスの音楽が『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉』! ところが砂ぼこりの中、スピーカーの調子が悪く、音楽がへっぽこに。ハンス・ジマーにいろいろ申し訳ない気持ち。
●11月公開の私的オススメは、『僕たちのバイシクル・ロード~7大陸900日~』(11月3日公開)。
ベネチア、サンセバスチャン、山形、東京、そして11月はフィルメックスと映画祭続き。ほとんど家におらず、わたしの姿を見かけなくなった大家さんから心配の電話が。「病気か何かで倒れているんじゃないかと思って」。ありがたいことです。
●11月公開の私的オススメは、『不惑のアダージョ』(11月26日公開)。
ハラがコレなんで
臨月のヒロインが、自分のことはさておき他人のために奔走する姿を描くヒューマン・コメディー。『川の底からこんにちは』『あぜ道のダンディ』で頭角を現した石井裕也がメガホンを取り、今どきの女性が繰り広げる義理と人情をコミカルにつづっていく。主演は、『時をかける少女』『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』などの仲里依紗。石井監督と仲が、どのような形で個性を発揮するのか期待が高まる。
[出演] 仲里依紗、中村蒼
[監督] 石井裕也
「粋に生きる」をモットーに他人にいろいろなおせっかいをして生きる妊婦の破天荒ライフが描かれるが、冷静に考えるとヒロインはただのバカ娘。生き方も粋じゃない。なのに好感を持ってしまうのは、仲里依紗が演じているからにほかならない。人生を謳歌(おうか)し、あふれんばかりの思いやりを持った女性像を作り上げ、楽しそうに演じた才能はたいしたものだ。初恋相手だった彼女をいまだに思い続ける定食屋のコックくんや彼と同じく恋愛下手な叔父、不発弾でのコロリ死希望の長屋オーナーといった奇抜なキャラクターが登場すると物語のウソくささが倍増しがちだが、里依紗ちゃんの魅力で現代のファンタジーに仕上がっている。
『川の底からこんにちは』を観たとき、面白いっちゃ面白いけど、この監督はOLのことなんてこれっぽっちもわかっていないなあと思い、『あぜ道のダンディ』があまりに本物のおじさんとかけ離れているのを観てやっと、「あ、これはこういうファンタジーなんだ」と気付いた。というわけで妊婦のリアルはまったく無視し、こういう妊婦がいたら笑えるという意味ではこれまでの作品よりもがぜん、突き抜けていて面白い本作。暴走気味だが、大いに笑える。意外と石橋凌にコメディーが合うのも発見。
はっきり言って、ヒロインの言動はとっぴ過ぎて、ついていくのが困難。でも石井裕也監督は、あえてとっぴな役を、仲里依紗に投げ与えて勝負を挑んだのでは? その結果、勝負は彼女に軍配。無理な設定に、ここまで豪快に応えられる同世代の女優はいるのだろうか。というわけで、この5点はすべて彼女に。劇中ではやたら「それは粋」「粋じゃないね」など連発されるが、そもそも粋って、言葉に出した時点で粋じゃなくなる。なので、この連発は興ざめ。セリフでわかりやすく伝える、最近の映画の悪しきパターンをなぞってしまった。
粋がテーマらしい。でもどうやら石井監督と筆者の思う粋にはだいぶ誤差があるようだ。そもそもの物語の出発点である、風に身を任せて男と付き合い妊娠しちゃうのはまったくもって粋じゃない。その後も他人に迷惑掛けっぱなしで、これじゃ単なる空気の読めない子だ。その子に粋を連呼されると余計に陳腐に聞こえる。わたしには、稼業を立て直すと腹を決めた『川の底からこんにちは』の佐和子や、『あぜ道のダンディ』のお父さんの方が粋に思えたけどな。
ラビット・ホール
わが子の命を奪った少年との交流を通して悲しみを乗り越えようとする母親を、ニコール・キッドマンが演じる感動の人間ドラマ。ピューリッツァー賞受賞の戯曲を基に劇作家のデヴィッド・リンゼイ=アベアー自身が脚本を手掛け、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督が映画化。共演は、『サンキュー・スモーキング』のアーロン・エッカート、『ハンナとその姉妹』のダイアン・ウィースト。絶望の中でも前向きに生きようとする女性を体現したニコールの繊細な演技に魅了される。
[出演] ニコール・キッドマン、アーロン・エッカート
[監督] ジョン・キャメロン・ミッチェル
息子を失った悲しみと喪失感に埋没し、パラレル・ワールドもののコミックに慰めを求めるヒロイン像がいまいち理解できない。ニコール・キッドマンが熱演しているけど、個人的には「それ、違うだろう?」と問いただしたくなった。結局、独りよがりなんだよね。アーロン・エッカート演じる夫と苦しみを共有できない理由が伝わってこないのが難点なり。それにしてもアメリカ人ってグループ・セラピーが好きだな~。アルコールなどの依存症克服だけではなく、子どもを亡くした親が気持ちを露吐し合う集まりには驚いた。心情を語るのが苦手な日本人にはやっぱマネできないな。
神経衰弱ぎりぎりの女を演じるのがとんでもなくうまいニコマンの独擅場。あらすじだけ聞くと心温まるヒューマンドラマを想像しがちだが、そんな安い話じゃない。ニコマン演じる母親がちっともいい人じゃなく、むしろかなり偏狭な性格のため、周囲のおべんちゃらなどけ散らしていくさまが笑えて、そしてその後、切ない。気の強い女キャラに振り回されてばかりのアーロン・エッカートは予想通り、いい仕事。唯一、気になったのはあんなに美しいニコマン妻がいて、サンドラ・オーはないだろう。せめてナオミ・ワッツ級なら、観ている側もハラハラするのに。
幼い息子を亡くした両親の、悲しみ克服ドラマとして感動もできるけど、妙に心をざわめかせるのは、ニコール・キッドマンの母が、加害者の青年に注ぐ、なまめかしいまなざし。青年が誰かわからない冒頭では、何だかこの二人の不倫愛も予感してしまった。自分の息子を死なせた相手なのに、彼に屈折した愛を抱いてしまう。その罪悪感にさいなまれるヒロインのドス黒い心理ドラマか……というのは、考え過ぎ? 最後まで観る者に不安定な気分をキープさせるのが監督の狙いだったら、まんまとハマったわけだが。
子どもが加害者か被害者の違いはあれど、夫婦の苦悩に焦点を合わせた映画ってはやりなのか? マリア・ベロ主演『ビューティフル・ボーイ』に、今年のカンヌで上映された『ウイ・ニード・トゥー・トーク・アバウト・ケビン(原題) / We need to talk about Kevin』もそう。丁寧に心情を追っているけど、テーマに目新しさはなし。評判のニコ様の熱演も、ボトックスの弊害か不自然な皮膚の動きが気になっちゃって映画に集中できず。でもジョン・キャメロン・ミッチェル監督を起用したセンスは◎。
まず観て思ったのが、「えっ、ニコールってこんな顔だったか?」の違和感。いじり過ぎて、怖いよ顔が。それで神経症的なキャラを演じるんだから、息が詰まる。夫役アーロンが嫁から逃げ出したくなるのも説得力がある。母親役のダイアン・ウィーストの味わい深い演技も含めて、達者な役者をそろえて描いた喪の仕事の物語は、心にじんわりと響く。ただ少年役の新人クンがめっちゃ老け顔でティーンらしさのカケラもない。『ショートバス』もそうだったけど、ミッチェル監督の審美眼って謎。
マネーボール
アメリカのプロ野球、メジャーリーグの貧乏球団を独自の理論で常勝球団に育て上げた実在の男の半生を、ブラッド・ピットが演じる感動的なヒューマンドラマ。球団のゼネラルマネージャーが独自の理論である「マネーボール理論」を推し進め、貧乏球団を常勝集団に生まれ変わらせていく過程を描く。監督を、『カポーティ』のベネット・ミラーが務め、『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキンが脚本を担当。ブラッドとフィリップ・シーモア・ホフマンやロビン・ライトなど実力派キャストによる演技合戦に期待。
[出演] ブラッド・ピット、ジョナ・ヒル
[監督] ベネット・ミラー
統計学的見地から選手能力を評価するマネーボール理論をチーム再建に取り入れたGMビリー・ビーンの物語だが、単なるスポ根物語ではなく、観る人の胸を熱くする人間ドラマになっている。脚本家アーロン・ソーキンがビリーと彼の補佐ピーターの負け犬ぶりを如実に描き出したのが最大の功績だろう。特に奥が深いのはビリーの造形で、大リーガーとして大成できなかったトラウマを抱え、チーム優勝で精神的リベンジを狙う気持ちが手に取るように伝わってくる。しかも旧態依然な考え方の古株や監督とぶつかりながらもオレ流を通す彼は冷徹に見えて、実は人間味たっぷり。解雇しにくくなるからと選手と必要以上に親しくせず、スタジオ観戦すると負けるというジンクスを信じてラジオ中継に耳を傾ける。また選手を解雇させることでピーターの成長も促す。ブラッド・ピットのキャリア最高の演技だし、オスカー候補になるのは確実と思われる。でもって、個人的には彼に差し上げたいっす。
野球のルールがわからなくても、変わり者のオヤジが古いしきたりを改革しようと孤軍奮闘する話として十分、楽しく、興味深い。ただ彼のやり抜こうとするシステムでは人が育たないので、そこは微妙に感情移入し難く、気持ちも盛り上がらない。個人的には、お金のない球団が頑張って人を育ててもお金持ち球団に取られる図って、日本でも巨人と広島とかそうだし、もっといえば、日本で育てた人材をアメリカが持っていってるんですけどとツッコみたい気持ち。ジョナ・ヒルが大化けして素晴らしく良かった。
基本的に野球好きなもので、出塁率や年俸にこだわる、野心満々のGM像は興味深く観た。一人の男の生きざまとして「どストレート」に秀逸だし、ブラピの細かい役づくり(スナックの食べ方や、微妙な手の動き)にもぐいぐい引き込まれる。ただ、当時の映像と共に盛り上がるはずのアスレチックスの奇跡の連勝が、意外にアッサリ。マネーボール理論が実際にゲームにどう生きたかが、はっきり描かれてないからなんだけど、そもそもこの理論が有効かどうか今でも論議の的なので、そのあいまいさが映画に出ているのだと勝手に納得した。
ありがちなサクセスストーリーに見せかけてラストのほろ苦さが胸に染みる。そしてリズミカルで気の利いたセリフの数々が秀逸。中でも印象に残ったのが、スカウトマンが選手のオンナを見て自信にあふれたヤツか否かの判断材料にしていること。ブラピ本人がまさにそう。アンジーねえさんと付き合ってから実に堂々。『ツリー・オブ・ライフ』に続き本作もプロデューサーを兼ね、映画化困難な作品もオレ様にお任せ!って感じだ。Good job!!
データ分析による独自の理論を信じ貫く主人公。ブラピが常識を打ち破り、新しい道を切り開く男の強さと孤独を体現する。デビュー当時、ロバート・レッドフォードの再来といわれたブラピだけど、中年オヤジになってますます激似。あー感慨深い。2時間を超す長尺ものだが、サクセスストーリーと別れて暮らす娘とのやり取りをうまく絡ませた展開で長さは感じず。むしろさわやか過ぎて、引っ掛からないのが玉にキズかも。若かりしころのフィリップ・シーモア・ホフマンがやりそうなキャラをジョナ・ヒルが好演。ブラピとの凸凹ぶりにくすぐられる。